ピティナ調査・研究

10.転用・改作─その利点、意味(2)

10.転用・改作─その利点、意味(2)
3. 作曲法の学習

楽曲のレイアウトなど、作品の本質的な特徴を保ったままの編曲と並んで、改作も作曲法の学習に役立つ場合があります。ベートーヴェンはヴィーンに移住したのち、ボン時代に着手した《管楽八重奏曲》作品103を《弦楽五重奏曲》作品4に書き直しています。この改作では、形式プランを大きく変更するなど、かなり大掛かりな書き換えが行われています。さらに、新しくできた五重奏曲を同時代のヴィーンの弦楽五重奏曲と比べると、ベートーヴェンが楽器法や楽器の組み合わせの変化など、当時の弦楽五重奏に慣習的な書法をが採用しているのがわかります。こうした点から、弦楽器のための室内楽の作曲経験が少なかったベートーヴェンが、改作を通して、管楽八重奏とは別の、弦楽五重奏曲特有の書法や作曲法を学んだということがうかがえます 。

4.時間の節約--新作を作っている暇がない!?

「朝7時に出なくてはならないけれどお弁当のおかずがない!」こういう時に便利なのが晩御飯の残りもののアレンジ。アレンジは常に時間節約の味方です。編曲もアレンジです。おそらく作曲家は多くの場合、新作の制作に取りかかる方が優先されるのでしょう。ベートーヴェンなどが自分の作品の編曲の多くを弟子のフェルディナント・リースやカール・ツェルニーに任せていました。事実、ベートーヴェン自身が出版社のホフマイスター&キューネルに宛てて、自分は編曲する時間がないと明言しています註1。前回取り上げたシューベルトの《ロザムンデ》でも、初演時には新作の序曲が間に合わず、既存の作品の序曲を使ったということですから、時間の都合上、曲を転用しても「おざなり」「いい加減」のようなマイナス・イメージはさほどつかなかったのだろうと考えられます註2このような事情と照らし合わせると、転用にはこうした現実的、業務的な利点が理由の場合もあったのではないかと推測されます。

5. 当時の慣習

また、当時の演奏会の慣習が関わるケースもあります。モーツァルトの時代のザルツブルクでは、六楽章以上のセレナードから楽章を抜粋し、交響曲仕立てで演奏する習慣がありました 。こうしたことから、クラシックといえど当時は転用も身近だったことがわかります。

註1:1803年9月3日頃の手紙。 「編曲は私によるのではありません . . . なぜなら私は編曲に充てる時間や忍耐力を見出すこともできないからです」これはベートーヴェンが編曲をないがしろにしていたという証拠ではありません。第三者の編曲であろうとも、彼は自分自身でしっかりチェックを入れていました。

註2:シューベルトの《アルフォンソとエストレッラ》序曲の《ロザムンデ》への転用は、編成も変わりませんので、この連載で主に「編曲」として扱っている演奏媒体を変えた編曲からは区別しておきましょう。

註1:1803年9月20日の手紙。 「編曲は私によるのではありません . . . なぜなら私は編曲に充てる時間や忍耐力を見出すこともできないからです」これはベートーヴェンが編曲をないがしろにしていたという証拠ではありません。第三者の編曲であろうとも、彼は自分自身でしっかりチェックを入れていました。

註2:シューベルトの《アルフォンソとエストレッラ》序曲の《ロザムンデ》への転用は、編成も変わりませんので、この連載で主に「編曲」として扱っている演奏媒体を変えた編曲からは区別しておきましょう。