ピティナ調査・研究

8.編曲のありかた 「転用」と「改作」

8.編曲のありかた~「転用」と「改作」

本連載の第2回で見たように、編曲(Bearbeitung)はとても多くの意味を持つ概念でした。その一つに「転用」「改作」があります。これらは、何がどのように違うのでしょうか。実のところ、転用と改作ははっきりと区別するのが難しい概念です。試みに、二つの用語を定義してみましょう。

転用:その音楽、音楽素材の使用目的や機能を変化させること
改作:音楽の中身の作り変えること

このように「転用」と「改作」には、そもそも作品外のこと(目的や機能)が問題なのか、作品内のこと(音楽の中身)が問題なのかという、本質的な違いがあります。つまり、転用は改作を伴わない場合もありますし、また、改作が行われる場合に、必ずしも別の目的のために曲を転用することが問題となるわけではありません。

次に、これら二つの概念を編曲という大きな枠組みの中に位置づけてみましょう。改作は作品を「作り改める」という意味ですから、これまで話してきた「編曲」例も改作に含まれます。ここでは暫定的に、一度完成させた作品を、構成などの楽曲の枠組みも含めて作り変える作業としておきましょう。
一方、音楽の「転用」は完成した作品の全体や一部を別の目的に使うだけでなく、未完の作品の楽想を別の機会に使った場合や、ある楽曲の主題旋律など一部分のみを抜き出して他のところで使うことなども意味します。他人の作品から楽想を「借りてくる」場合には、「借用」になりますね。「転用」は音楽史でも有名な例がたくさんあります。楽曲を聞いていて、「この旋律は聴いたことがある」と思うことも珍しくないのではないでしょうか。転用も改作も、演奏媒体を変更するかしないかは問題になりませんが、ここでは本連載で主に扱っている、演奏媒体の変更を伴う例を挙げてみたいと思います。

まずは短い素材が転用されるケースです。例えば第5回で取り上げたベートーヴェンの《易しいピアノ・ソナタ》作品49第2番のメヌエットからは、主題が《七重奏曲》作品20で用いられていました。他にもベートーヴェンは、バレエ音楽《プロメテウスの創造物》のフィナーレのテーマをピアノ変奏曲の主題として用いたり、《交響曲第3番「エロイカ」》の終楽章で使ったりしています。シューベルトも《弦楽四重奏曲》D804の緩徐楽章の主題と即興曲D935/3の変奏曲主題を劇音楽《ロザムンデ》から採っています。ちなみに《ロザムンデ》はもともと、序曲の作曲が間に合わず、初演の時には劇音楽《アルフォンソとエストレッラAlfonso und Estrella》D732の序曲が転用されました。註1

註1:なお現在《ロザムンデ》序曲として演奏されている曲はメロドラマ《魔法の竪琴Die Zauberharfe》(D644)の序曲ですが、この転用はシューベルトの死後のもので、作曲家自身が認めていたかどうかは定かではありません。

楽章のほぼ全体を移し変えてしまう大規模な転用もあります。例えば、モーツァルト時代には、多楽章で構成されるセレナーデからいくつかの楽章を削り、楽器編成の変更など多少の手を加えて交響曲に仕立て上げることが慣習的に行われていたようです。このようにして作られた交響曲として、有名な《交響曲第35番「ハフナー」》K.385が知られています。この交響曲の借用元は、行進曲とおそらくもう1つメヌエットを持つ祝典用の楽曲でした註2。楽章の抜き出しの例としては、他にもベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第12番》作品26の第3楽章(葬送行進曲)があります。この楽章は、未上演に終わった《レオノーレ・プロハスカ》のための劇音楽(WoO 96)として、オーケストラ用に編曲されました。また、劇音楽と交響曲で部分的に同じ音楽を使うことは、同時代の作曲家の間では珍しいことではありませんでした註3

註2:2023年11月6日、《交響曲第35番「ハフナー」》K.385の借用元についての記載を改訂しました。

註3:例えば、ベートーヴェン時代にケルントナートーア劇場の音楽監督を務めたパウル・ヴラニツキのニ短調交響曲の各楽章は彼の劇音楽《復讐Die Rache》に使われています。このケースではどちらが先に成立したのかわかっていません。これも転用が当時、当たり前に行われていたということをうかがわせます。

興味深いことに、作曲家以外の第三者がある作品から楽章を抜き出して編曲し、他の機会に転用(借用)することもありました。これについてはベートーヴェン作品のオーケストラ編曲に面白い例があります。イグナーツ・フランツ・フォン・モーゼルという人物は、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ》作品13「悲愴」と作品31第2番「テンペスト」の一部をオーケストラ編曲して、1823年にヴィーンの宮廷劇場で上演された演劇のために使っています。他にも、彼は《ピアノ・ソナタ》作品2第1番の第4楽章を《オテロ》の幕間用の音楽第2番に使うなど、ベートーヴェン作品を何度も転用していたようです。

こうした転用が盛んに行われていたことは、「芸術作品はオリジナル編成、オリジナルの楽章配列、もともと意図された目的に沿うように演奏すべき」という、(音楽受容史の中で起こった)オリジナル至上主義的な考えに待ったをかけます。転用が行われた理由や転用の利点はどこにあったのでしょう。次回はこの疑問に答えてみましょう。

註1:なお現在《ロザムンデ》序曲として演奏されている曲はメロドラマ《魔法の竪琴Die Zauberharfe》(D644)の序曲ですが、この転用はシューベルトの死後のもので、作曲家自身が認めていたかどうかは定かではありません。

註2:2023年11月6日、《交響曲第35番「ハフナー」》K.385の借用元についての記載を改訂しました。

註3:例えば、ベートーヴェン時代にケルントナートーア劇場の音楽監督を務めたパウル・ヴラニツキのニ短調交響曲の各楽章は彼の劇音楽《復讐Die Rache》に使われています。このケースではどちらが先に成立したのかわかっていません。これも転用が当時、当たり前に行われていたということをうかがわせます。