ピティナ調査・研究

7.編曲と作品の受容・普及・出版利益(2)

7. 編曲と作品の受容・普及・出版利益(2)
早く編曲を作らないと、儲けがとられてしまう!?

第6回から引き続いて、今回ももう少し、編曲の「実利的」側面を見てみましょう。音楽作品は芸術といえども、作っている作曲家本人達にとっては芸術と同時に食いぶちでもあります。ちょっと俗に聞こえますが、作曲家側の立場から、お財布と編曲の関係をもう少しのぞいてみましょう。

前回見たように、オリジナルを様々な形に変えて、作品の受容、普及を促進する編曲は、楽譜市場経済を動かす重要な因子でもありました。編曲が現代の録音メディアに代わって最新作を伝える媒体と考えれば、編曲と経済の密接な関わりは至極自然に思えます。現代の私たちがニュー・リリースをチェックし、CDショップへ走ったり、Web配信曲を求めたりするように、当時も一般の音楽受容者が、オリジナル編成では演奏できずとも、どうにか新作品を知りたい、演奏したいとこぞって編曲を買い求めるのは、音楽好きの人間心理として簡単に想像できます。
オリジナルが大規模な作品であれば、作品の演奏機会がない都市や、演奏機会を逃す人々は多いでしょうから、そうした人々は特に熱心に編曲を買っていったはずです。そこに、オリジナルとは別の演奏媒体で、家庭で好きな時に人気作品を楽しめるという魅力が加わるのですから、編曲の需要が高くなっても疑問はありません。そうした状況下であれば、出版社が利潤を見込んで編曲出版に精を出すのも商売戦略として当然です。著作権などない時代ですから、作曲家の許可なしに編曲が出回ることも珍しくありません。オリジナルの作曲家も利益獲得競争に挑まなければなりませんでした。初演当時から好評を博した《後宮からの誘拐》に関して、モーツァルトは父レオポルトにこう書き綴っています。

 「日曜日まで8日の間に僕のオペラ[《後宮からの誘拐》]をハルモニー[ムジーク]にしなければなりません――そうしないと僕の前に誰かが[編曲を作ってしまいます]――そして僕の代わりにそれで儲けてしまいます」註1

「ハルモニー」とは、18-19世紀に流行した管楽バンドないしは、そのための楽曲のことで(本連載第2回参照)、オーケストラのような大編成の作品は、しばしばハルモニー用に編曲されていました。モーツァルトの慌てた様子からは、編曲出版に期待できる収益がいかほどのものだったかが伝わってきます。
先に触れたように、オリジナルの演奏楽器を部分的に別の楽器と入れ替え、演奏者がより多く、したがって普及率の高い編成に変えて利益を上げるのも、編曲を使った出版社の販売戦略の一つです。ベートーヴェンの《ホルン・ソナタ》Op. 17のチェロ・ソナタヴァージョン(註2参照)もそれに当たりますし、時には出版社が作曲家の承認なしに編成を変えてしまうこともありました。モーツァルトの没後、ヴィーンのアルタリア社が彼の《ホルンと弦楽器のための五重奏曲》KV 407のホルン・パートをチェロに変え、弦楽五重奏として刊行したことに対して、モーツァルトの未亡人コンスタンツェは、オリジナル出版社であるオッフェンバッハのアンドレに送った手紙の中で、編曲がヴォルフガングのオーセンティシティに反することを主張しています。註2

註1:モーツァルトから父レオポルト宛ての書簡。1782年7月20日(Mozarts Briefe und Dokumente., last accessed 13, March 2017.)

註2:Schmid, Ernst Fritz. Preface to Mozart, Wolfgang Amadeus, Neue Mozart Ausgabe, Serie VIII, Kammermusik, Werkgruppe 19, Streichquintette und Quintette mit Bläsern, Abt. 2, Quintette mit Bläsern, Kassel, et al.: Bärenreiter, 1958, p. VIII.

第6回、第7回と編曲と社会経済の関わり―受容、普及、収益―について、ごく簡単にではありますが、当時の証言を交えて紹介してきました。取り上げた例からは、様々な形の編曲が、当時の音楽社会で実に一般的に行われていたのかがわかり、またそこからいかに編曲の需要が高かったのかもわかります。それは同時に、編曲と人々の距離の近さ、編曲が持つ意義の高さも教えてくれます。こうした状況を考えると、翻って「果たして同時代の人々はどれだけオリジナルをオリジナル編成で聞いていたのか」「同時代人にとってオリジナル、編曲、という概念の強さは?」という疑問も湧いてきます。  

註1:モーツァルトから父レオポルト宛ての書簡。1782年7月20日(Mozarts Briefe und Dokumente., last accessed 13, March 2017.)

註2:Schmid, Ernst Fritz. Preface to Mozart, Wolfgang Amadeus, Neue Mozart Ausgabe, Serie VIII, Kammermusik, Werkgruppe 19, Streichquintette und Quintette mit Bläsern, Abt. 2, Quintette mit Bläsern, Kassel, et al.: Bärenreiter, 1958, p. VIII.