ピティナ調査・研究

第26回「古い様式の小さな歌」

大抵のピアノ弾きは「ドイツ系」と「フランス系」という大別でクラシックの鍵盤音楽を捉えています。音楽の趣味を語る場合も「ドイツロマン派が好き」とか、「フランス近代に惹かれる」とか、そういった言い方をすることが多い。時代がある程度新しくなってくると、「ロシア系」「スペイン系」「南米系」などという区分も加わってきますが、やはり根幹部分は「ドイツ」「フランス」のような気がする。

感覚的にとてもしっくりくるものだから、深く考えずにこういう言い方をしてしまいますが、実際にはことロマン派の有名どころを語ろうとするとき、この区分けはあまり適切ではありませんよね。たとえばショパンはパリを拠点にしてたからフランス系なのかと問われても、素直にうんとは言いづらい。むしろポーランドはロシアに近い気もする。......などと言うとポーランド贔屓・ロシア贔屓の方それぞれの反感を買ったりもするんですが。

「ドイツ系」と「フランス系」についてはこの連載第18回でもちょっとだけ触れてみましたが、この区分けは単純に作曲家の国籍がどうのこうのということではなく、それぞれ特定の属性を背負い込まされた概念のような気がします。たとえばそれは「四大元素」の概念と似て、事実がどうであるかに関係なく、感覚の領域で人の心に馴染むもの。

「ドイツ系」が体現するのは構築性、論理性、永続性。「フランス系」は繊細さ、色彩感、移ろい。ドイツ系はやや無骨でしかつめらしく、フランス系はちょっとお洒落でたまに謎めいている。そんな感じでしょうか。

調性や機能和声からの脱却を目指す動きが出てきた19世紀末から20世紀にかけて、ドイツ系の人々は「12音技法」という完全に新しい理論を編み出したのに対し、フランス系の人々は「教会旋法」や「和音の平行移動」など、むしろ古代の音楽に回帰するような方法を模索して温故知新を目指したという事実も、何だか両系統を象徴している気がします。

むろん、過剰にドイツとかフランスとか言うのは良いことではない。たとえばフランス系の極致として捉えられることの多いドビュッシーですが、彼はまさにドイツ系の極致であるヴァーグナーの影響をもろに受けていますし、独自の理論を緻密に構築したことで有名な現代音楽の大家・メシアンは言うまでもなくフランスの作曲家ですしね。

さて、フランス系の機能和声脱却手段のひとつが「教会旋法」で、これはフォーレが確立した手法だとしばしば考えられているが、実は――というようなことはこの連載の第4回でもちらっと触れました。今回の「古い様式の小さな歌」こそが、アルカンがフォーレより先にその手法を用いた実例です。調性的にはト短調として並べられているこの曲、実はト短調ではなくて二音を終止音とするフリギア旋法という音階で成り立っている。それが独特の古めかしさと、古めかしさ故の斬新さを生んでいるのですね。

アルカンの音楽は、どうもお洒落さや繊細さより、しっかりした構成やキッパリしたフレーズなどが目立つので、あまりフランスっぽい印象を受けないかもしれません。しかし、フランス近代のはしりとしてのこういった彼の創意のセンスを目の当たりにすると、なるほど確かにフランス系なのだな、と納得されるのです。

演奏するにあたり技術的に難しい部分はないと思いますが、それだけに旋律を単体で音楽的に歌うことが重要。自分が本当に歌っているかのように呼吸をしながら弾きましょう。左手の伴奏の一部は右手で取った方がきれいに弾けるかもしれませんね。

次回は、愉快軽快な「リゴードン」です。お楽しみに。


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