ピティナ調査・研究

第14曲「小二重奏曲」

今回の曲、「小二重奏曲」はモノマネ芸です。

アルカンの曲には、既存の作品、特に古い時代の音楽へのオマージュが多い。オマージュというより、「○○風の曲を作ってみました」という方が雰囲気としては近いかもしれない。これ、一般的には才能のない人間がやることと見なされがちです。先人の作品に似た何かを作ると、「パクリ」「劣化コピー」などと言われて貶されるのが世の常だ。

自分で何かを生み出すことを放棄して、意図的に他人のアイディアを拝借してくれば「パクリ」。本当は独自の世界を表現したいのだけど、好きな作品の影響を受けすぎて、それに似たようなものしか作れない場合は「劣化コピー」です。

しかしアルカンのそれは、「パクリ」とも「劣化コピー」とも違う。真似すること自体を楽しんでいるのだし、どれだけ元の作品の特徴をつかみとるかの挑戦でもある。

考えてもみてください。本来、誰かの真似をするためには、その人ならではの特徴というものを完璧に捉えなければならない。これってかなり大変なことです。だからこそ我々はモノマネ芸人の技に驚嘆できる。

大事な部分が何かわからずマネしようとしても、なかなかうまくいきません。たとえばここに

「こんにちは、良い天気ですね」

というセリフがあったとする。日本語がわからない人がこれをモノマネしようとすると、

「こんぬちゃ、やいとんけどしに」

になってしまうかもしれない。響きは近くても、肝心の言葉としての意味がなくなっている!
......そうじゃなくて、きちんと日本語を理解して自由に使いこなせる人がやれば、

「やあやあどうも。今日は良いお日和で」

なんてアレンジもできてしまう。モノマネの達人は、はずしちゃいけない部分がわかっているからこそ、某大物歌手がロボットだったら、なんていう爆笑技を炸裂させられるわけです。

「小二重奏曲」はまさにそんな芸当。ツボを押さえてマネした上で独自のアレンジも加わっているという、アルカンの技が冴え渡る一品だと思います。「ドメニコ・スカルラッティ風に」とはっきり指示されているのだけれど、この指示がなくたって、途中のフレーズのいくつかはまんまスカルラッティ。楽譜の「ドメニコ・スカルラッティ風に」の文字を指差しながら「わはは、確かに!」って笑えます。

スカルラッティはバロック時代のチェンバロの名手。ほとんど即興で作った曲はきままな発想に溢れていて、突飛な臨時記号もてんこ盛り、「音楽理論なんてぶっとばしてやれ」というくらい奔放だ。そんじょそこらの音楽家が分析してマネしようたってそうはいかない代物です。アルカンはそんなスカルラッティの自由さとオリジナリティに惹かれて、ついつい本気でマネしてしまったのでしょう。

ちなみに、当時わざわざスカルラッティの真似をしようなどと考える人はほかにいなかった。こんな面白がり方を見つけてくるアルカンの視野の広さというものも感じられます。

演奏上の注意ですが、右手と左手が互いに自由でありつつも絡み合う、といった微妙な距離感を大切にしましょう。アルカン独自のアレンジとして、5拍ずつのフレーズが互い違いに組み合わさるという冒険的なリズムも取り入れられているので、その部分では拍子の数え方も柔軟に対応できるよう練習しましょう。「スカルラッティ風」とわざわざ記されたあたりは、指遣いも書き込まれた通りに。バロック時代のチェンバロの技巧は、ロマン派的な運指法とは根本から違っていました。アルカンはそこまで考えて再現しているので、その意図を汲むことでよりうまく「それっぽさ」を引き出せるでしょう。曲の後半部分でも、普段の感覚で弾こうとすると指遣いが混乱しがちなので、まずはきちんと指番号を考えるのが良いかもしれません。

ではでは、次回は「協奏曲のトゥッティ」です。


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