ピティナ調査・研究

対談:ピアニスト・ピアノ指導者が学ぶ 話し方・伝え方 第3回

【対談】
田原浩史さん
(テレビ朝日 元アナウンサー)
×
朝岡さやかさん
(ピアニスト)
ピアニスト・ピアノ指導者が学ぶ
"話し方・伝え方"

テレビ朝日アスク元校長の田原浩史さん、アナウンススクールに通われたピアニスト朝岡さやかさんによる対談、第3回です。第2回までは、アナウンスとピアノ演奏との共通点についてお話いただきました。第3回では「コンサート中のトーク」に焦点をあてていきます。

ダイジェスト
第3回「トークが苦手」という時は
「言葉にするのが苦手」という場合は?
フィリピンにて現地の子供達へピアノワークショップを行っているところ(アナウンススクールに通った翌年)
フィリピンにて現地の子供達へピアノワークショップ(アナウンススクールに通った翌年)

コンサート中のトークについても、「聴きやすさ」に関する技術は、そのままアナウンスのスキルが生かせそうです。では、そもそも「トークが苦手」という意識を持つ方は、どのようにしたらよいでしょうか?

「トークが苦手」というのには、いくつか異なる意味合いがあって、ケースに分けて考えていく必要がありますが、「人前で話すことが苦手」と「言葉にするのが苦手」と大きく2つに分けられます。

まず「言葉にすることが苦手」という人は、自分の感情や、ちょっとした心の動きを言葉にする、という習慣をつけるとよいです。例えば、「私、今何でイラっとしたんだろう?」などと、ちょっと考えて一言でもいいので言葉にしてみるのです。それを説明すると、説明が上手くなってくるし、言葉のバリエーションも広がります。日常的に「これはどういう風に言うかなぁ?」と気にしてみると、他人の表現にもとても興味が湧きます。そうやって言葉を増やしていくと表現の幅が広がり、受け取る人も受け取りやすくなります。

クラスの中で、「日常生活を実況してください」という授業がありましたね。日常生活の中で表現するのを繰り返すということは、ピアノ指導者にもとても役立つと思います。指導者に表現の幅がどれだけあるかで、生徒への伝わり方が変わってきます。音楽という領域の中で、生徒に分かる表現を選ぶと、平たく言えば「フォルテと書いてあるから強く弾きましょう」の域を出ません。表現の幅が広い先生というのは、同じ「大きく」でも、ただそこにあるのか、向こうからやってくるのか、こちらから向かっていくのか、上から不意にどーんと落ちてくるのか、どのくらいの驚きか、など色々な表現に喩えることができますよね。実際に言葉にしてストーリーにすると、子どもにとっても分かりやすいし、「自分だったらこういうイメージだよ」と、その子自身の言葉で新たなイメージが湧いてくることもあります。

そうやって、お子さんの「自分の言葉で伝えよう」という気持ちも育ちますし、先生自身も、子どもの目線からのイメージに触発され、さらに表現力を豊かにすることができると思います。

「人前で話すことが苦手」という場合は?

もう一つのケース、「人前で話すことが苦手」だという人は、気持ちの持ち方の部分が大きいですね。ピアノの演奏が得意な方は、喋る時も「言葉でメロディを聴いてもらう」イメージでやるとよいのかもしれません。しかも、コンサートでは来てくれているお客さんは基本的にウェルカムな姿勢なので、アウェーの雰囲気ではないはずです。どんなことをお話しても、受け入れてくれる土壌ができているので、怖がることはありませんよ。

アナウンスの技術の所でもお話しましたが、「自然な流れ」というのが、聞き手にとって心地よく、聞きやすいので、無理な力が入っていなくて自然体でいる、という状態がいいですね。

大学の授業風景
大学の授業風景

ピアノでも「力む」という要素が入ってくるとだめなので、感覚は分かります。舞台上で一人で緊張してヒートアップしてしまい、会場のお客さんとの間に乖離が生じるのは避けたいところです。

自分だけ気持ちの上で頑張り過ぎない、というのが大事です。自然体で、力の入っていない人が、内容が多彩で変化に富んでいておもしろい、そして話が乗ってきてスピード感があると、聞き手も前のめりになって聞いてしまいますよね。お客さんと同じような心持ちでいられると、空回りせずに、お客さんと空気感を共有できるのではないかと思います。

相手と「空気感を共有」する

「空気感の共有」って、すごく大きなキーワードですね。アナウンスでも、コンサートのトークでも演奏でもレッスンでも、全てに通じるなと思いました。でも、緊張してコンサートを始める中、「空気感を共有する」って、とても大変なことのように感じます。日本のお客さんはとてもお行儀よく聴いてくださるので、大きな会場では特に、お客さんとの距離が遠くて空気感をつかむのが大変です。

大学での授業風景01

トークを始める時に緊張したり「どうしよう」と思うのは、その空気感が分かりにくいからだと思います。分かっているからこそ、安心して話せたり、こういう風に話したいなという気持ちにもなれますよね。大きな会場で空気感が分かりづらい時は、むしろお話をすることで分かることもあります。

私は大学で授業する時などに、いきなり最初から本題に入るのではなく、ちょっとだけ違う話をして、学生の今日の様子、雰囲気を見ようと思っています。別に小話をするわけではなくて、今日こんなことがニュースでありましたがどうなんでしょうね、とか、前回の授業で皆さんのリアクションはこんな風に感じたんですよとか、彼らと私との間に、共通の話題や想いをそこに作ることで、少しずつ空気感が生まれてくると思っています。朝岡さんはコンサートの時、最初に話されますか?

最初の1曲目を演奏してからトークを挟む場合が多いです。

でしたら、1曲目を弾いて感じた、今日のお客さんやピアノの雰囲気とか、今こんな風に感じています、ということをお伝えするのもひとつの案だと思います。例えば、生徒さんの発表会で演奏する時や自分の演奏会の際に、「実は私は生徒さん以上に緊張しているんですよ」とか「今日のお客さまはとてもお行儀よく聴いてくださっていますね。もっと楽に聴いてくださいね。」「皆さんも一緒にコンサートを作ってくださいませんか?」などとその場の自然な気持ちを言ってもいいと思います。そうすると、「今日はどういう場なんだろう」と様子を見ていたお客さんも、演奏する人の気持ちを感じることができて、安心して自分の気持ちを解放して聴くことができると思います。

そうですね。こういうコンサートのトークの時には、「うまく喋る」ことが最終目標ではないですものね。温かい雰囲気を作ることが大切ですよね。

ああ、そうかもしれませんね。そうして気持ちがほぐれた、のびやかな演奏になると、お客様も演奏をより楽しんでいただけて、いい循環が生まれますよね。朝岡さんの演奏や、トーク、お客様とのやり取りなどの全て含めて朝岡さんのコンサートであって、そこからお客様に、楽しい気持ち、満足感を持って帰っていただければよいのではないかな、と思います。

アナウンスや演奏と同じで、コンサートでのトークの時にも、自分が楽しいと思わないと、聴いてくれている人には楽しさは伝わらないですよね。好きなことを喋る時の熱意や意欲は言葉に乗って伝わってきます。どんな想いを持っているか、というのがとても大事だなと思います。

準備したものと、鮮度のあるもの

トークの中でも、用意していったものをそのまま読むようなトークは緊張しないのですが、だいたい時間が決まっていてフリーで話すとか、共演者とその場の盛り上がりに合わせて話すみたいな時に、すごく焦ってしまって、言葉が出なくなってしまいます。

フリートークは難しいですよね。私も苦労する所です。準備はしていくが、結局その場の雰囲気によって、準備したものを全然使わなかったという時もあります。スクールや大学の授業でも、学生の様子を見ながら、ここに興味を持っていそうだから膨らませてみよう、とか変えていくこともあります。

そうすると、「あれ、これ話してない!」とか「ここで笑ってもらう予定だったのに!」と焦ることも。

思っていたのと違った時のリカバリーは大変ですよね。でも、そういう時には思い切って手放します。思いっきり話題を変えるとか。もしくは「ここ、笑ってもらう予定だったんですけれどね」とそのまま受け止めて、その雰囲気を共有してから、次へ進んでもいいでしょう。

準備したものを手放すのって、勇気がいりますよね。

準備したものが多ければ多いほど、手放しにくくなってしまうのですよね。準備はしてもいい、いや絶対に必要ですが、一旦準備したら、「以上!」でいいと思います。あとは、当日の生の雰囲気、お客さんと共有している空間を大切にすることが一番です。鮮度が高いものは、そこにあるのですから。

就職活動の面接でも、ガチガチに準備してまるまると覚えて、芝居のセリフのようによどみなく話せた方が魅力的か?というと、そうではありません。鉄板ネタは、何度も繰り返しているうちに、聞いている方も分かっちゃうものなんです。1か月前に作って冷凍保存しておいたものをチンして出したようなもの。それよりも、目の前でさばいてくれたものが美味しいし嬉しい。スポーツ実況だって、たくさん資料を用意しているけれど、本番それを見ているようじゃだめ。試合は目の前で起こっているのだから、それをよく見てそこから見つけて伝えなきゃいけない。

鮮度の高い情報を伝え、今日この一瞬の自分を見てもらう、それが尊いんだと思います。この時間をとても大事にしていますよ、というのが伝わると、共感を生みます。そう考えると、成功も失敗もないんじゃないかなと思います。

大学での授業風景01

この部分は、ピアノ演奏とも通じます。どんなに準備をしていっても、その日のピアノの状態や会場の響き、自分の身体の調子などの条件によって、演奏は変わってきます。どんなに頑張っても、準備してきたものと100%同じ演奏を再現するというのは不可能なんです。クラシック音楽といえども、何等かの即興性はどうしても必要で、それに対してどんと構える、自分自身の許容量がないと、何か一つでも要素が狂うとあたふたとして、崩れていってしまいます。これ以上ないというくらい準備をしていって、でも当日、上澄みの部分の余裕と言いますか、遊びの部分をいかに残してそこを楽しむことができるか、そこが大事なんです。

再現することにばかり100%神経を集中してしまうと、その場を受け入れる余裕がなくなります。ピアニストの方たちは、そういうことを経験上知っていらっしゃるのですから、強いと思いますよ。

そうですね。きっとそれは、レッスンでも同じですよね。一対一で、ライブでのレッスンですから、生徒の反応を見ながら言葉を選んで、次のレッスンの展開を決めていくことが必要になってきます。

その場に合わせた「声の出し方」や「立ち居振る舞い」

アナウンススクールで学んだおかげで、話す場面においても自分の引き出しが増え、前よりも自信を持って臨めるようになったと思います。台本がない場面で目線が泳いでしまっていたのが、訓練したり実際にカメラに向かってプレゼンテーションすることによって、ポイントが分かり、度胸がつきました。

人前でお話をする時というのは、声だけではなく、そうした目線や立ち居振る舞いなど、結局は全身で表現していることになります。会場や人数の規模感によっても、声の出し方やたたずまいも変わってきますよね。人数が少ないのに声を張り上げてもうるさいだけだし、大勢だからって目線をたくさんの所に配ってしまうと、落ち着きがなくなってしまいます。

この話をする時にはこの辺り、次の話ではこの辺りの人などと決めたり、反応のいい人に向かって話してみると、話しやすくなると思います。聞いている方も、自分に向かって話しかけてくれた、自分も参加できたという感覚があると、安心して聞くことができます。「今日誕生日の人?」と手を挙げてもらうなど何か仕掛けを作って早いうちにやり取りをしてしまうのも、お客さんとの距離を縮める一つの手です。

演奏家もそういうこと全て含めて、表現者としてセルフプロデュースしていく必要がありますね。

高まる「プレゼンテーション」や「トーク」能力のニーズ

近年トーク入りコンサートがますます増え、演奏家がイベント全体の司会までもこなす機会や、YouTubeなど自分で全てをプロデュースして発信する媒体もポピュラーになりました。オンラインレッスンやセミナーの普及など、声を中心にうまく伝えなければならない場面も増えるなど、ピアニストやピアノ指導者にとっても、「声で伝える」スキルの向上は、無視できないものになってきたと思います。

私が留学していたイギリスの英国王立音楽院(Royal Academy of Music)では、「Presentation in Performance」という必修授業があり、演奏前のトーク構成も自分で組み立て、試験では演奏もトークも舞台での振る舞いも、全て込みで評価されました。今後このように、演奏家は演奏だけでなく、トークやプレゼンテーションの技術も学ぶべきという動きは、日本でも広まっていく予感がしています。

この記事に興味を持って読んでくださった方が、ピアニストやピアノ指導者にとっても、こんなにたくさんの共通点や発見があるんだ、こんなに色々なことに生かせるんだ、ということを感じていただき、「話し方・伝え方」を学んでみたいと思っていただけたら、とても嬉しいです。学び方には色々なやり方があり、アスクのようなアナウンススクールを選ぶのも一つの手ですし、各種の話し方講座や動画で配信されたものを活用したり、まずは日々の生活の実況中継から始めてみよう、などと、ご自身がやりやすい方法を選んでやってみるといいと思います。

そこから学び取ること、生かし方は、一人一人違ってくるはずです。ご自身ならではの学びを見つけて、少しずつでも実践していってもらえたら嬉しいです。

田原さん、朝岡さん、学びの多いお話を、どうもありがとうございました。

(取材:二子千草 2021年10月8日、15日。オンラインにて)


田原浩史(テレビ朝日 元アナウンサー)
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1988年テレビ朝日にアナウンサーとして入社。2010年から2013年までテレビ朝日アスク校長として現職出向。2013年アナウンス部担当部長。2021年より編成業務部予算担当部長。国家資格キャリアコンサルタント、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所非常勤講師。
朝岡さやか(ピアニスト・作曲家)
顔写真
旧姓・松本さやか。全日本学生音楽コンクール全国第1位、ピティナ・ピアノコンペティションコンチェルト部門上級全国大会最優秀賞(第1位)他、国内外の数々のコンクールで受賞している。桐朋学園大学ソリストディプロマコースおよび国際基督教大学心理学専攻をダブルスクールで卒業後、英国王立音楽院を首席にて修了。演奏活動と同時に、映画・CM音楽やオリジナル曲の作曲活動なども活発に行っており、外山文治監督の映画作品や、TSUTAYA、小田急電鉄CMなどの音楽を担当。ピティナ正会員。
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