対談:ピアニスト・ピアノ指導者が学ぶ 話し方・伝え方 第1回
"話し方・伝え方"
「コンサートでのトークが苦手…!」「レッスンで、言葉で伝える力を伸ばしたい!」というお悩みを抱えているピアノ指導者・ピアニストの声を多く聞きます。この度、実際にアナウンススクールに通って学んだピアニスト朝岡さやかさんと、当時校長だったテレビ朝日元アナウンサーの田原浩史さんとの対談が実現。ピアニスト・ピアノ指導者が「話す・伝える」スキルを学ぶことで、どんな力がついたのか、どんな発見があったのかを、たっぷりとお話いただきました。
公式HP
朝岡さんがスクールへ通おうと思ったきっかけを教えてください
2005年から2011年までイギリスで演奏活動をしていましたが、イギリスでは日本以上にトーク入りのコンサートをすることが多くありました。母国語ではない英語でトークするので、ものすごく準備をして、ネイティブに内容や発音をチェックしてもらって毎回苦労していました。日本に帰国してコンサートをやるとなった時、「日本語だから自由自在にあやつれる」と思っていたら、全くそんなことはなかったんです!ちょうどラジオ出演やコンサート、対談企画なども色々とあり、話す機会も増えた頃だったので、「日本語だからこそ、きちんと基礎から「話す」ということを学びたい、どうせ学ぶなら、考えられ得る一番高いレベルで学びたいと思って、テレビ局のアナウンススクールを探しました。
そこで選ばれた「テレビ朝日アスク」とは、どのようなスクールですか?
「テレビ朝日アスク」は、「伝える」「話す」ことについて学んでもらう教室で、代々テレビ朝日のアナウンサーが講師や校長を務めています。メインはアナウンサーになりたいという学生のための「アナウンサー養成コース」ですが、その他にも、ナレーター、声優、気象予報士、ちょっと話すのが苦手という方やもっとスキルアップをしたいという方のための話し方講座など、幅広く「人前に出て伝える」ことを学ぶ場を提供しているスクールです。
私も講師として呼ばれていった時に、後輩の学生にアドバイスしたことが「すごく役に立った、助かった」と言われ、やりがいを感じて、校長に立候補しました。朝岡さんは、当時「アナウンサー養成研究科」と呼ばれていたコースに3か月間通われていました。
本気でアナウンサーになりたいと思っている人たちの中に、異なる分野から3か月間通うということは、とても勇気のいる決断だったと思いますが。
見学の時に田原校長とお会いして、こういう立場でこんなことを学びたいのですが、通っても大丈夫ですか?とご相談したところ、ぜひと言っていただいて、その時のお話に感激して、この校長先生のいる学校に行きたいと思いました。その後も授業の前後に、音楽とアナウンスの共通点などでお話がはずんだことを覚えています。
朝岡さんのお話を聞いて、ぜひ来ていただきたいと思いました。朝岡さんのためだけでなく、このように強い目的意識と意欲を持つ方が同じクラスにいることは、他の学生たちの刺激になり、同じ内容でもクラスが2倍にも3倍にもエネルギーがあふれて、よい波及効果を生んでくれると感じました。他にも国会議員や医師、スキルアップを目指す社会人、日本語能力を上げたい外国の方など、目的に合わせて様々な方が受講されています。卒業生の方々が、それぞれのジャンルで活躍されていることに、喜びを感じています。
アナウンススクールに通うと、どのようなことをするのでしょうか。
まずは腹式呼吸・発声・発音。それが基本中の基本ですね。コースにもよりますが、そこからニュース原稿の読み方、スポーツなどの実況描写から、だんだん自分の想いを自分の言葉で伝えていく練習をします。朝岡さんが受講された研究科では、スクールの中を自分の言葉でリポーターのように描写していく校内描写や、この写真を使って1分で喋ってくださいなどのパネルトーク、自分のお勧めグッズのプレゼンなどを経て、最終的にはスタジオでニュース原稿を読み、お勧めグッズを紹介して、自分の感想を述べて収録したものを見てみる、ということをします。「原稿の中身を伝える」ということと、「自分の感じたことや、自分の取材してきたものを自分の言葉で伝える」ことの両方を学びます。
それに対して、先生はどのような観点でアドバイスされるのですか?
原稿に関しては、まず「中身をちゃんと理解しているか」、その上で「どう伝えようとしているのか」ということですね。お店のリポートでも、ただ行ってきた、これがあったという報告だけではおもしろくない。その人の観点から、何を一番伝えたいのか、どんな思いでどう伝えようとしているのか、そこをアドバイスします。他の受講者には「今の話を聞いて、このお店に行きたくなったかどうか」を聞きます。
こうした授業を受けながら、これは、まさにピアノの演奏と共通することだなと思いました。両方とも「原稿(楽譜)」を元に、それを「第三者に伝える」、そしてそれが魅力的に相手に伝わっているか、というところが大事になってくるのですよね。同じ原稿(楽譜)でも、読み手(弾き手)が違うと、全く違う読み方(演奏)になるし、同じ人が同じ箇所を読んで(弾いて)も、何通りもの表現方法がでてきます。
アナウンスの基礎中の基礎と言われた「発声・発音」と同じで、ピアノの場合もまず「音を出す」というための音色やタッチの基礎ができていないと、何をやっても相手にうまく伝わりません。そのためには、基本的な体力づくり、腹筋や背筋、お腹の丹田の支えも重要で、毎日の基礎訓練が欠かせないというところも、共通していると思います。
そうですよね。声や音がしっかりと出ていないと相手には届かないし、一音一音の発音の明瞭さ、滑舌がはっきりしていないと、そもそも相手に伝わらないですね。例えば私の場合、五十音の発音練習に加えて、『外郎売』(歌舞伎の十八番)のテキストのはじめの部分を最低3回読みます。1回目はゆっくりはっきり、2回目は力を抜いて、3回目はすごく速く。そうすることで、毎日の基礎訓練という意味だけではなく、その日の自分の舌の調子や声のトーンを確認します。「今日はちょっとラ行が回りにくいから、特に気を付けよう」とか。
それ、まさにピアノでも同じです!どんなに上手いピアニストになっても、ハノンの指練習やエチュードを速さを変えたりして練習しますが、それは、その日の自分の指の調子や回り方を確認するという意味合いもあります。
それから、「原稿の内容を理解する」ということは、ピアノで言うと「楽譜をしっかりと読みこんで理解すること」にあたりますね。特にクラシックではそれが重要になってきます。原稿にも楽譜にも、「読み取り方」の基礎がある。その上で、「何をどう伝えるのか」という話になってきます。
実は私も、学生にニュース原稿を渡す時に、「原稿は楽譜と同じだから」と言うんです。書かれた言葉は楽譜の音符と同じで、勝手に変えてはいけないし、そこからはみ出してはいけない。まずきちんと「理解する」ことが大事です。さらに文章には文章の持つ「体温」があります。スポーツニュースでも「この部分は思いっきり声を張って欲しい」という想いが文章全体に込められていて、そこから伝わる「体温」を感じなければなりません。しっとりとした内容でしたら、それに合わせた語り口、読み方で表現します。
表現する前に必要なのは、「感じ取る」こと。何よりも、「何を伝えるのか」、そして「伝える気持ち」が大事です。どんなにきれいな言葉でよどみなく話したとしても、そこに「伝えようとする想いやパッション」がないと、人には伝わらないですよね。それが、私が学生さんたちに一番教えたいなと思っているところです。
その上で、じゃあそれを伝えるためには、ただ原稿を「音声化」すればよいのではなくて、「何をどう表現したら伝わるのか」というアウトプットの仕方が大事になります。話す時のトーンや響き、スピード、言葉の選び方、話の持っていき方、文末のおさめ方、というのが、その人独自の表現の仕方となってくるのです。
演奏にも、自分がこの作品をどう「感じ取ったのか」が表れます。その「伝え方」には色々な方法が無限にあり、その中から何を選び取って、どう自分の個性や想いを乗せていくかで、同じ作品でも演奏が変わってきます。アナウンスする時の「声」の選び方がピアノの「音色」の選び方に通じるのと同じように、原稿の中で一番伝えたい所やキーワードを把握し、話全体のピークをどこに持ってこようか考え、全体の流れを決める、その辺りの計画の立て方も、楽譜を見て演奏の構成を考える時とすごく似ていると思いました。
なるほど、原稿(楽譜)を読み取り、感じ取り、それをどういう手段と構成でアウトプットするのかに個性が表れるという点が、まさに同じですね。
次回は、細かいアナウンス上のテクニックを学ぶことで、ピアノの演奏や指導にも生かされたお話を伺います。