ピティナ調査・研究

対談:ピアニスト・ピアノ指導者が学ぶ 話し方・伝え方 第2回

【対談】
田原浩史さん
(テレビ朝日 元アナウンサー)
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朝岡さやかさん
(ピアニスト)
ピアニスト・ピアノ指導者が学ぶ
"話し方・伝え方"

テレビ朝日アスク元校長の田原浩史さん、アナウンススクールに通った経験のあるピアニスト朝岡さやかさんによる対談、第2回です。第1回ではアナウンススクールに通ってみて気づいた、アナウンスとピアノ演奏との共通点についてお話いただきました。第2回では、もう少し細かい技術的な面にまでお話が進みました。

第2回 文章に置き換えると分かること
ダイジェスト

第1回では、アナウンスも演奏も、原稿や楽譜を、どう読み取り、何を感じ取り、それを伝えるためにどんな表現方法や構成を選び取るか、ということが要だという点で、非常に共通しているということでしたね。

大学での授業風景
大学での授業風景(2018年)
細かいテクニック上の共通点

実はそれだけでなく、スクールで学ぶアナウンスの細かいテクニック一つ一つが、演奏におけるものと重なって、びっくりすることが多くありました!同じ原稿を色々な人が読むのを聞いていると、「ピアノだったらこういう演奏に聞こえてくるだろうな」とか、「こういうクセってピアノでもよくあるな」と思ったり、それ以来自分でピアノを弾いていても「これ、アナウンススクールでやったダメなやつだ」などと投影してしまったりします。

文章・曲の印象をまろやかにする「終わり方」や「抜く音」

例えば、文末の読み方と、ピアノのフレーズの最後の弾き方。語尾が強すぎるとぶっきらぼうに聞こえてしまったり、逆に語尾が伸びたり、消えてしまったり、あまりにゆっくりしすぎると昔話のようになってしまったり。ピアノにも長い文章のようなものがあって、その中にまとまりがあり、文があり、文の中にも区切りがあり、文の終わりがあります。どこまで一気に読んで、どこで区切るか、どこで息を吸うかなどで、伝わる意味合いが大きく変わるという点は、音楽におけるフレーズ感やブレスの位置での違いに通じます。「~が」「~で」といった区切りの助詞の言い方や文末の処理の仕方で、文章(曲)全体の印象が変わるという点も、非常に勉強になりました。

文末や区切りをどうまろやかに処理するかは、とても大事なことだと思います。そこを見ると、その人の力量が分かるような気がします。

文の印象のまろやかさ、という点では、鼻濁音が大事だという話もピアノに通じると思いました。

それは聞いておどろきましたね。鼻濁音は、「がぎぐげご」を鼻から抜けるように言うことですが、耳に対する聞こえ方が変わってくるのです。鼻濁音にしないで全て読むと、きつく聞こえます。鼻濁音にすることで音が柔らかくなり、言葉もきれいに聞こえます。鼻濁音だけでなく、「へりこぷたー」の「こぷ」、「ぴかぴか」などのような、声にしない無声化された音というのも言葉の聞こえ方に影響しますね。ピアノの演奏でも似たようなことがあるのですか?

あります!楽譜には書いてあっても、全ての音を明瞭に出せばよいというものではないんです。あえて「抜く」べき音というのもあって、そこをやらないと耳に痛い、聴きにくい演奏になってしまいます。

日本人は、1文字1対応に慣れているので、楽譜も1文字1対応で、全てをはっきりと読まなければならないと思いがちなところがあります。ヨーロッパの言語、特にフランス語などは発音しない文字がありますよね。留学時代に「ドビュッシーなどは発音しない音を書いている」と先生に言われた時、「日本語では全ての音を発音するから苦手になりやすいのかな」と思いましたが、帰国後アナウンススクールで鼻濁音の授業を受けて、日本語にも「抜く」音があるんだ!と再認識しました。それからは、レッスンの時にも、言葉で「がぎぐげご」を濁音と鼻濁音の両方で発音させて違いを感じてみて、ピアノでもこの音ははっきり弾いちゃいけないんだよ、などと伝えられるようになりました。日本人も、こうした鼻濁音や無声化された音に意識的になることで、ピアノの演奏や指導にも生かすことができるのだなと思いました。


	名古屋ブルーノートでのコンサート
名古屋ブルーノートでのコンサート

ほかにも、アウフタクトを「もし」に例えて裏拍と一拍目の弾き方の違いを感じさせたり、アナウンスで学んだ「開いた音/閉じた音」「前に出る音/前に行かずにこもった音」などの違い、体の使い方のちょっとした加減や力みで音や文章全体の印象が変わってしまう点も、ピアノと全く同じだと思いました。

自分に酔った読み方・弾き方

表現に関しては、自分だけの表現をだんだん追及していきますよね。原稿を読んでいても、すごく意識的に色々なことに挑戦しようとしているのだけど、何か違和感の残る時があります。「ここが大事だから」と工夫していることは分かるのだけれど、強調されすぎていて、心地よく響かないな、という時もあります。そこだけが突出してしまって、文章全体の自然な流れを損なってしまったり、自分に酔ったような独りよがりな読み方になってしまったり。

ピアノでもあります。初見の時には、人間が普通に感じるイントネーションや流れで弾いていたのに、色々と考えすぎてこねくり回しているうちに、やりすぎて明後日の方向に行ってしまった、みたいな。それに、やみくもに気持ちを込めたり、抑揚をつければよいというわけではなくて、客観性とのバランスがすごく重要で、演奏しながら同時に、どう聞こえているかを客観的にモニターしている自分を失わないようにしなければなりません。

文章・音楽の行きたがっている方向を見失わない

「聞き手にとって自然に聞こえる」というのがすごく大事なんですよね。普段私たちが話している時には、高い音から低い音へだんだん下がっていきます。それを無理に上げ下げすると、不自然な印象を与えてしまいます。自然な流れが、聞いていて一番心地よいものです。

妙なうねりが出てしまうことが演奏でもあります。わざとそういううねりを作る箇所もあるのですが、音楽の行きたい方向がそっちではないのにやってしまうと、そればっかりが気になってしまって、必要な音楽情報、伝わるべきものが伝わらなくなってしまうのですよね。

本来強調されるべきでない所が強調されてしまうと、必要な情報が入ってこない。こういうことも、アナウンススクールの学生たちにも、音楽で聴かせてみると分かりやすくなるかもしれません。

文章に置き換えると、違いに気付きやすい

そうですね!逆も然りで、私はアナウンスで教わったことをピアノに置き換えて考えてみたら、すごく腑に落ちることがたくさんあったのです。自分の演奏や作曲をする時にも、全体の構成や流れの自然さ、音を前面に出すところと引く所、フレーズの最後や抜く音の処理などの細かいテクニック的なことから、理解したものをアウトプットする時の心構えまで、アスクで教えていただいたあらゆる「伝え方」のスキルや考え方が演奏にも生かせて、自分の演奏や作品を振り返る時の大きな助けになりました。アスクで鍛えられた耳は、そのまま演奏での耳としても使うことができて、「これはおかしい」というセンサーが強くなって、パワーアップした気がします。

レッスンにおいても同様で、フレーズの流れや終わり方の違いを説明する時に、文章に置き換えてみると、とても伝わりやすいことが分かりました。一つ目の弾き方は、文章だとこういう言い方になるよね、もう一つはこういう言い方だよね、どう感じた?など。普段聞いたり話したりしている言葉だと、子どもたちでも自然と心地よい方向が分かって、自分で違いに気付くことができるんだなと思いました。

「違いが分かる耳」を鍛える

「自分で気づく」って大事だなと思っています。スクールでも、私があれこれ教えて直すのではなく、まず自分が読んだものの録音を聞いてもらいます。正しいものと聞き比べてもらったりして、「この違いを埋めるにはどうする?」「正しい方向に近づけるには?」と考えて、試行錯誤してもらいます。そこが一番本人に考えて脱出して欲しいところなので、あまり細かく教えすぎないようにしています。

聴きながら自分で発見させるんですね。自己フィードバック、音楽でもそれが一番効果的なのじゃないかと思います。まだ音楽に親しみ始めた子どもでも、音楽的な判断は難しくても、自分が慣れ親しんでいる言葉の話し方に置き換えると、違いに気付くことができますね。

違いに気付いて、じゃあどうしようかと考える、そしてやってみる。違ったらまた修正する、その繰り返し。それが一番じゃないかなと思います。修正するにあたって、自分の耳で聴いて、違いが分かる、ということがまず大事です。違いが分かると、自分で直せるようになりますから。

3年前の大学での授業風景
大学での授業風景

そうですよね。耳を鍛えて、違いが分かるようになることが、ピアノの上達においても欠かせません。アスクに通ってよかったことの一つに、自分だけでなく、他の受講生たちの読み方を聞けたことがあります。同じ原稿でもこんなに読み方が違うんだ、読み方でこんなに印象が変わるんだと実感して耳が鍛えられましたし、変わっていく成長の過程を客観的に見ることができたことも、とても興味深かったです。自分を振り返る教材にもなりましたし、レッスンでの指導のヒントにもなりました。

スクールでは、他の人の発表をよく聴いて、今どこがよかったのか、どこを直したらよいか、必ず発見してくださいと言っていました。自分の順番までひたすら練習して、他の人を聴いていないのが一番もったいないですね。自分以外の人が一生懸命にやっているところは、全て生きた教材ですから。

どんなピアニストだって、「話す歴」の方が長い

ピアノの先生やピアニストの方たちは、演奏から「違いを感じ取る力」が強く、音に対して「鍛えられた耳」がある方たちだと思いますから、こういう方たちが「話し方」を学ぶと、ものすごく吸収するものが多いのではないかなと思います。

ピアノの先生方も、ピアノ歴何十年だとしても、ほとんどの方が話している歴の方が長いわけですし、日常生活でも、ピアノで何かを伝える以上に、話して何かを伝える方が多いですよね。なので、同じ「音を通じて伝える」ことでも、自分にとって最も身近な「話す」ということを学んだり、意識してみることで、ピアノに生かせることがたくさんあるのではないかと思っています。

実際に私の場合には、もともと「話すスキルを上げたい」と思って通いだしたアナウンススクールでしたが、いざ学びだしてみると、ピアノ演奏や指導と共通する点が多く、自分の演奏や指導を見直すきっかけにもなったのが、驚きでした。

私にとっても、こうして朝岡さんがアスクでの授業からこれだけ多くの気づきを得て、ご自身の分野の糧として生かされていることを知って、非常に喜びを感じていますし、私自身も気づかされることが多くありました。

アナウンススクールでの学びが、思いがけずピアノの「演奏」や「指導」の向上に生かされたというお話を伺いました。次回は、コンサートでのトークなど「人前で話す」ことについて、お話が続きます。


田原浩史(テレビ朝日 元アナウンサー)
顔写真
1988年テレビ朝日にアナウンサーとして入社。2010年から2013年までテレビ朝日アスク校長として現職出向。2013年アナウンス部担当部長。2021年より編成業務部予算担当部長。国家資格キャリアコンサルタント、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所非常勤講師。
朝岡さやか(ピアニスト・作曲家)
顔写真
旧姓・松本さやか。全日本学生音楽コンクール全国第1位、ピティナ・ピアノコンペティションコンチェルト部門上級全国大会最優秀賞(第1位)他、国内外の数々のコンクールで受賞している。桐朋学園大学ソリストディプロマコースおよび国際基督教大学心理学専攻をダブルスクールで卒業後、英国王立音楽院を首席にて修了。演奏活動と同時に、映画・CM音楽やオリジナル曲の作曲活動なども活発に行っており、外山文治監督の映画作品や、TSUTAYA、小田急電鉄CMなどの音楽を担当。ピティナ正会員。
公式HP

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