ピティナ調査・研究

最新の脳科学研究から〜ピアノ練習は脳の老化予防に効果〜

最新の脳科学研究から
~ピアノ練習は脳の老化予防に効果~

初めまして、neumoの若林です。弊社では音楽を聴くとのきの脳の機能について世界中の脳神経科学の研究を調べ、音楽が脳に与える影響の解明や、脳科学を元にした音感を測定するサービスの開発と、音感を向上する技術の開発をしています。今回は、楽器の練習と脳の老化予防についての研究をご紹介します。

高齢化社会をひた走る日本と世界

日本はもちろん世界でも、出生率が低下し寿命が延びたことで、この20年で高齢化率が劇的に高くなっています。日本国内では65歳以上の高齢者人口は3,617万人(人口の28.7%)となり過去最高を更新しました。

(グラフは内閣府 平成30年版高齢社会白書より引用)
健康に歳を重ねたとしても脳に色々な問題が起こる

歳を取ることで、一般に認知機能が低下します。例えば、記憶力が低下したり、処理スピードが落ちたり、思考や行動を制御する機能が衰えます。これらは、脳の前頭葉の、白質と呼ばれる部分(神経同士をつなぐ配線のような存在)が劣化することで起こると考えられています。

さらに、脳機能の老化は白質の劣化とは別に、認知機能に必要な脳の異なる部位同士の連携が低下していることが原因という説もあります。実際のところ、40歳を超えると10年ごとに脳の体積が5%ずつ減り、その減るスピードは70歳以上に加速することも知られています。白質は年とともに衰えるので、40歳と言えども白質の劣化の影響を受けている可能性を否定できません。

(図は食品医学研究所より引用)
認知予備能(cognitive reserve;CR)という希望

年を取ると脳がどんどん衰えていくという否定的な話ばかりなのかと言えば、そんなことはありません。脳だけを見るとアルツハイマー病と診断されてもおかしくない人が、認知症を発症せず、認知能力を持ちこたえている場合があります。このような人たちを、認知予備能(cognitive reserve)が高いといいます。

例えば、認知症にかからず亡くなった老人の脳を死後に診断すると、33%がアルツハイマーと診断されるレベルの老人斑(タンパク質のかたまり)を大脳新皮質に持っていたという研究結果があります。つまり、脳の萎縮や変性という点では認知症を発症するレベルになっていても、それまでの仕事や学習の経験、余暇活動などの要因により発症を抑えることができている人たちがいるということです。これが脳における認知予備能=Cognitive Reserveの増加によって起きているのではないかというのがCognitive Reserve仮説です。

(図はYaakov Stern, Cognitive reserve, Neuropsychologia, Volume 47, Issue 10, 2009, Pages 2015-2028より抜粋して改変)

Cognitve Reserveに関係する話としては、少なくとも週に2回の刺激的な活動を行う人(積極的に何かに取り組んだり、外に出て行う活動)は、そうではない人に比べて認知症発症リスクを50%減らすという報告もあります。 そして音楽活動がCognitive Reserveの増加に寄与するという研究も多くあります。
今回はそのようなCognitive Reserveの研究の中から、シニアのピアノトレーニングに関する論文をご紹介します。

日々のピアノトレーニングは、エクササイズや絵画レッスンよりも効く可能性

音楽が認知症予防に効くかもしれないというスペインバルセロナ大学の研究をご紹介します。この研究の目的は、高齢者に対する音楽トレーニングと他のレジャーの効果の比較です。
音楽トレーニングとして、ピアノトレーニングが認知機能・気分・QoL(quality of life)に及ぼす効果について評価しています。

この研究では、13名の被験者に対して4ヶ月にわたって毎日ピアノのレッスンを受けてもらい、コントロール群(ピアノレッスンの効果を確かめるために他のことを行う被験者群)として別の16名に対しては他のレジャー(エクササイズ、コンピュータのレッスン、絵画のレッスンなど)を受けてもらい比較をしました。比較方法としては、トレーニングの直前と直後に、神経心理学テスト、気分、QoLの測定を行なっています。

その結果、ピアノのレッスンを受けたグループでは、Stroopテストと呼ばれる脳の実行機能を測定するテスト(例えば緑色で書かれた「赤」という文字を、文字の色にひきずられずに「あか」と読む)において、ピアノレッスン後に改善が見られました。ここで計測している実行機能とは、「ケーキを食べたくなっても食べないようにする」といった自己を抑制する能力や、字の色ではなく意味に注意を向ける能力、そして情報処理スピードのことです。

(図はストループテストの例。リハビリDATAより引用)

さらにトレイル・メイキング・テスト(Trail Making Test:TMT)と呼ばれる、ランダムに存在する数字を(①とか②とか)順番に線でついなでいくテストも改善傾向が見られました。このテストでは目を動かして目標物を見つける能力(visual scanning)と運動能力の強化も見られました。

(図はトレイル・メイキング・テストの例。リハビリDATAより引用)

ほかにも、ピアノレッスンを受けると、うつを減らし、ポジティブな気分をもたらし、心理的・物理的なQoLの向上(=幸福になる)をもたらすという結果も得られてます。

この結果から、絵画やコンピュータレッスンよりも、ピアノを弾くことや楽譜を読むことは、高齢者の認知予備脳を高め、主観的な幸福を高める方法の一つになり得ることが示されました。

その他の最新研究について、neumoのウェブサイトでも紹介しています

neumoのウェブサイトでは、他にも音楽と脳科学についての研究動向に関する情報を掲載しています。また、脳神経科学の研究を元に、PCやスマホでオンラインで利用出来る音感測定サービスも提供しています。

■ 著者プロフィール
若林龍成(株式会社neumo 代表取締役CEO)
幼少期にバイオリン、成人後にジャズピアノ、尺八、篠笛も演奏。音楽の経験や中国語での講演を経て、音と脳の関係に興味を持ち音楽脳科学のサービスを開発。
日本の脳科学研究を牽引するATR(国際電気通信基礎技術研究所)の特別顧問を兼任。
京都大学・東京大学の元非常勤講師。
公益財団法人 音楽文化創造の地域音楽コーディネーターへの講演も実施。
■ 株式会社neumo
音楽×脳科学の領域に着目した活動を行っており、米国のスタンフォード大学やUCLA大学の先生と最先端の脳神経科学の研究や製品開発を進めてきました。
現在は主に音感の向上や音感を測定するサービスを提供しています。音楽×脳科学の世界の研究動向について、ブログやセミナー等で情報発信しています。
◆参考論文
  • Seinfeld S, Figueroa H, Ortiz-Gil J and Sanchez-Vives MV (2013) Effects of music learning and piano practice on cognitive function, mood and quality of life in older adults. Front. Psychol. 4:810.
  • Akbaraly TN, Portet F, Fustinoni S, et al. Leisure activities and the risk of dementia in the elderly: results from the Three-City Study. Neurology 2009;73:854–861.
  • Yaakov Stern, Cognitive reserve, Neuropsychologia, Volume 47, Issue 10, 2009, Pages 2015-2028
  • Peters R. Ageing and the brain. Postgraduate Medical Journal 2006;82:84-88.