ピティナ調査・研究

報告「ショパン ― 200年の肖像」展と日本におけるショパン受容

多田純一(研究会員)

 日本・ポーランドの国交樹立100周年を記念して、2019年10月12日(土)から兵庫県立美術館を皮切りに、「ショパン ― 200年の肖像」展が開催されます。ピティナ会員の皆さんは、ショパンの作品を演奏し、そして教える機会も多いかと思います。おそらく、来年行われる第18回フリデリク・ショパン国際ピアノ・コンクールに足を運ばれる方も多いのではないでしょうか。
私たちは、ピアノという楽器を演奏しはじめた時から、あるいはその前から、ショパンという作曲家はすでに有名な作曲家として知られ、彼の名前や音楽を知らず知らずのうちに耳にし、演奏してきました。例えば《幻想即興曲》は、ピアノの演奏会や発表会だけでなく、BGMなど様々な場所で耳にします。その憧れの作品を自身が挑戦する際の喜びは大きなものでしょう。
しかしながら、西洋音楽というひとつの音楽のジャンルを学び始めた明治期や、徐々に大衆に中に広まっていく大正期では事情が違います。現在の私たちにとって自然に感じられるドレミファソラシドという西洋音階というものを知り、それに慣れるところから始めなければなりませんでした。そのような西洋音楽の導入期において、どのようにショパンという作曲家の名前や音楽が受け容れられ、人物像が形成され、そしてどのような作品が演奏されていたのか、誰によって演奏されていたのか、について研究することを、受容研究といいます。調査するのは、当時発刊されていた音楽雑誌や新聞記事といった一次資料、そして『東京芸術大学百年史 東京音楽学校篇 第一巻』(東京芸術大学百年史編集委員会、音楽之友社、1990)などの二次資料も含みます。

「ショパン ― 200年の肖像」展では「第1楽章 わたしたちのショパン」の一部として、日本におけるショパン受容が取り上げられています。私はこれまで著書『日本人とショパン』(アルテスパブリック、2014)を出版するなど、さまざまな形でショパン受容について述べてきましたが、展示会という形で参加させていただくのは、はじめての経験です。日本におけるショパン受容に関して、展示する主な資料は以下のような内容です。

  • 明治期に輸入され、主に使用されたショパンの楽譜
  • 明治期に発刊されていた音楽雑誌におけるショパンに関する記事
  • 大正期に翻訳されたショパンの伝記本
  • 最初の日本人「ショパン弾き」澤田柳吉に関する資料
  • 日本音楽コンクールのプログラム
  • 第二次世界大戦中に出版されていた楽譜や図書

これらの資料により、明治期から昭和初期の日本におけるショパン受容の全体像が見渡せるような内容となっています。澤田柳吉に関する資料については澤田の孫にあたる澤田勲男氏から、明治期に発刊されていた音楽雑誌については大阪音楽大学から多大なご協力をいただきました。

「ショパン ― 200年の肖像」展では、他にもさまざまな見どころがあります。特にピティナ会員の方に観ていただきたいのは、ショパンの自筆譜です。「第4楽章 真実のショパン ― 楽譜、手紙 ―」において、《エチュード》ヘ長調 Op.10 No.8の製版用自筆譜と《ポロネーズ》ヘ短調 Op.71 No.3の贈呈用自筆譜(いずれも国立フリデリク・ショパン研究所附属フリデリク・ショパン博物館所蔵)の現物が来日します。自筆譜はショパン自身の中に流れる音楽の息遣いが直接伝わる、最も貴重な遺品であると言えます。
そして、自筆の手紙も4点展示されます。そのうちの1点は、亡くなる前年にあたる1848年10月3日、ショパンがエディンバラからパリの友人ヴォイチェフ・グジマワに宛てた手紙です(国立フリデリク・ショパン研究所附属フリデリク・ショパン博物館所蔵)。自筆の手紙からは、ショパンの感情や生活の匂いのようなものが感じられるでしょう。
これらの資料は、ポーランド国外に持ち出される機会は少なく、現物を日本で見られる重要な機会です。国立フリデリク・ショパン研究所 Narodowy Instytut Fryderyka Chopina(NIFC)の全面協力により可能になりました。

《「エチュード ヘ長調 作品10の8」自筆譜(製版用)》
フリデリク・ショパン、1833年以前、インク、紙
Photo:The Fryderyk Chopin Institute
《自筆の手紙 ー パリのヴォイチェフ・グジマワ宛て(エディンバラ、1848年10月3日)》
フリデリク・ショパン、1848年、インク、紙
Photo:The Fryderyk Chopin Institute 
《フリデリク・ショパンの肖像》
アリ・シェフェール、1847年、油彩、カンヴァス
credit:Dordrechts Museum

「第3楽章 華ひらくパリのショパン」では、私たちが持つショパンの表情のイメージと違った印象の絵を観ることができます。オランダのドルトレヒト美術館Dordrechts Museum所蔵、アリ・シェフェール(1795-1858)により1847年に描かれた《フリデリク・ショパンの肖像》が日本初公開されます。硬く気難しい感じの表情が多いショパンですが、この肖像画では柔和な印象のショパンの表情を知ることができます。

また、「ショパン ― 200年の肖像」展では、展示会を観るだけでなく、多くの関連イベントが用意されています。神戸新聞松方ホールでは、開催2日前10月10日(木)には「横山幸雄ピアノ・リサイタル」、開催前日10月11日(金)には第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの優勝者トマシュ・リッテルと2位の川口成彦さんによる「プレイエルが奏でるリアル・ショパンの肖像」などのコンサートが行われます。

展示会が行われる兵庫県立美術館では、さまざまな講演会等も企画されており、私は10月22日(火)14:00から館内アトリエにて、ピアニストの山﨑千加さんと共に「澤田柳吉ピアノ・リサイタル 再現レクチャー・コンサート」(当日展示会入場者無料、先着150名)を行います。
観て、聴いて、楽しめる展示会。芸術の秋を、ショパン展で堪能したいですね。

「ショパン ― 200年の肖像」展
開催期間 2019年10月12日(土) ― 11月24日(日)
月曜休館(祝日は開館、翌平日休館)
時間 10時から17時(入場は16時半まで、初日のみ11時開場)
チケット 前売り 一般:1200円、大高生:600円、小中生:400円
当日 一般:1400円、大高生:800円、小中生:600円
会場 兵庫県立美術館 ギャラリー棟3F
住所:兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1丁目1-1
ウェブサイト chopin-exhibition.jp

2020年2月1日(土)から3月22日(日)まで久留米市美術館、2020年4月から6月に練馬区立美術館、2020年8月から9月に静岡市美術館にて開催予定。