ピティナ調査・研究

審査員は何を聴いているのか

審査員は何を聴いているのか

花便りも伝わる今日このごろ、第40回ピティナ・ピアノコンペティションの参加をご検討の方は今夏の計画を練っていらっしゃる最中ではないでしょうか。
参加者の皆さんが準備をなさるのと同様に、審査員も皆さんの演奏を聴く為の準備をしています。このたびは「審査員が聴いているもの」についての特集です。


事前アンケート結果

今回の特集を組むあたり審査員へのアンケートを実施しました。(有効回答数473)

審査で重視していることは何ですか?(複数回答可)

アンケートの回答項目は、採点票に記載の「審査員が評価する項目の例」より引用しました。
複数回答可とした為「全て」という回答も複数ありましたが、あえて何かを選ぶならばと数項目を選択なさった審査員がほとんどでした。
一方で、「暗譜やステージマナーの項目は当たり前なので採点票に記載する項目としては不要」「自発的に音楽を楽しんでいるかの項目は、稀に捉え方を間違われることがある」などのご意見も頂きました。

その他(自由記述)
  • 主にバロック作品に見られるような対位法を含む作曲作品の声部の弾き分け方や、調合具合の空気感。近現代作品に見られるメカニック等の使い分け(説得力)。呼吸の種類の使い分け方や構成やフレージングとの一致性(音楽に必要な要素です)。和声進行(カデンツ、ゼクエンツ含む)を明確に理解しているかどうか。
  • 演奏に際しての身体の状態。具体的には、正しい姿勢、肩・腕の脱力と共に手首・指先の確実性とのバランスや、正しい呼吸。
  • 『音、響きの美しさ』に付随して、『流れに乗って、声のように表情豊かな音で歌っているか』を聴いています。音楽は、それぞれの音が美しく、音から音へのつながりが美しいと、流れに乗ってメロディを声のように歌えます。テンポ・拍子とリズム・フレーズ感・和声感・音楽の構成力はもちろん大切で、その上で『流れに乗って、声のように表情豊かな音で歌っている演奏』は聴いている人の心に刻まれると思います。
  • 個性があるかないか、でしょうか。教えこまれて上手な子はたくさんいますが、本人の音楽性・個性が聞こえる子を評価してのばしてあげたい、と思います。また自分の好き嫌いではなく、その子が何を思ってその表現にしたのか、うわべの感情か、心からの表現かを重視したいと思っています。
■ インタビュー1
湯口美和先生
演奏からうかがい知れること

演奏からうかがい知れることで、私が大事だと思っていることは主に3つ。

1つ目は「ポテンシャル」。同じくらいの「上手さ」だとしても、先生から作品の細やかなところまで指導されて限界まで鍛錬した成果なのか、あるいは本質的に豊かな感性、伸びる余地がまだ充分に秘めているかは、審査をしていると見えて来ることが度々あります。もちろん、それぞれのペースで長く音楽に取り組んでいただきたいのですが、点数をつける際に「その日の演奏の良し悪し」を重点的に評価するのか、あるいは「将来性」を評価するのかは、どちらが正解ともいえません。級によっても判断が変わってきますが、将来性があると思う人を暖かく見守ることは審査する側の大切な使命だと思っています。

次に知性。単純にお勉強ができるということではなくて、自分のアイディアをもち、実行できることが大事です。上記のことと重複しますが、私は「音楽に大切なのは自然な流れ、演奏に大切なのはイメージ」と思っています。いかに作品を客観的に捉え、自分のバランス感覚と豊かなイメージ力で作品と対峙しているか、これも演奏に滲み出ることだと思います。

3つ目はその人の性格です。演奏は怖いもので生き方、考え方、精神状態がハダカにされてしまうと思います。長年教えてきた中で、作品を「自分を認めさせる道具」として使うような傲慢さが見えて来る人は 豊かな才能があったとしても大抵、何らかの行き詰まりがあったように思います。もちろん「性格に問題がある」と感じたとしても点数は下げませんし、もしかしたらその性格は個性的な音楽づくりに活かせるのかもしれませんが。ともかく演奏に表れる様々なことをキャッチし、想像しながら聴いているということです。

以上、自分の判断が全て正しいとは思いませんので審査の現場で様々に悩むことも多いのですが、長い期間、音楽に携わってきた自分の感性を総動員して判断するように努めています。


審査のポイント

2015年度は3回に渡り、審査員同士で情報交換をする「審査員連絡会」を実施しました。以下では、そこで発表して頂いた意見の一部を紹介します。

◆審査員連絡会2015年度開催実績

2015.10.08札幌22名/2015.10.23博多21名/2016.3.1東京39名 

  • 東京会場は新審査員及び新審査員長限定
その1:四期別編
バロック
  • バロックらしい音を追及しているか。(「バロックらしさとは何か」の共有をいかに進めるか)
  • 多様な解釈が存在するなかで、演奏スタイルに応じて適切な評価軸を選ぶことが審査員の課題。
クラシック
  • ソナタ形式を表すための表現力があるか。例えば、テーマを意識して弾き分けられているか。
  • 管楽器、弦楽器を想像しながら音色を作っているか。
  • バロック期には無い和声感(カデンツ・ドミナント)を大切にしているか。
  • モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンの、作曲者ごとの特徴を掴めているか。
ロマン
  • 譜面に書いていないペダルやフレーズをどのように解釈しているか。
  • 時代の違い、音色の違いを意識しているか。
  • ルバート等、自由な表現の中でも拍を感じているか。
近現代
  • 近現代では特に審査員も初めて聴く曲が出てくる。審査前に楽譜を読み込み、録音資料も聴く。
  • 近現代特有のメカニック等を使い分けているか。
■ インタビュー2
平井千絵先生(フォルテピアニスト)
演奏=挑戦するということ

ほんの一例ですが、バロックの曲などで、同じ部分を繰り返す際、二回目で即興的に装飾音を加えるなどして変化させることを「ヴァリアントする」と言います。

昔の演奏習慣では即興的なヴァリアントを加えることは普通で、その日の気分や、各演奏家の趣味を投影させ、楽しんだのでした。とはいえ、「ヴァリアントの有り無し」だけで点数を上下させることはしておりません。時代様式に合った素敵な演奏はもちろん、高く評価します!
参加者のみなさんの中には、予選通過を視野にいれ、安定した演奏を目指すあまり、「ヴァリアント」に挑戦しない方もいるかもしれません。しかし、コンクールに限らず、演奏するという行いは挑戦することと直結するものだと思いますし、それこそが演奏の醍醐味だと思います。「予選を通過するために無難な演奏をする」という発想でコンクールに臨むのは、良い姿勢とは思えません。

演奏力、技術力、等々、自分という人間を磨くために受けてこそ、コンクールに挑戦する意義があるのではないかと思います。点数や順位を求めすぎて本末転倒にならないよう、リスクを恐れない姿勢を大切にしていただきたいと思います。

音楽に正解はないのですが、音楽との対話を大事にし、審査という仕事の重みを感じながら、自分自身もステージで挑戦し向上し続けなければならないと思っております。

その2:連弾編
  • 連弾では20本の指のバランスを聞くので、審査においてはソロより集中力が必要だが、演奏は見えなくとも、二人で楽しんでいる様子が音から伺えた場合は評価したい。
  • ペアで音楽が同じ方向を向いているか。タッチから一体感を感じられるか。一体感とは、二人で弾いていても一人で弾いているように聴こえるか。

審査に対する想い

最後に、審査員が何を思いながら演奏を聴いているのかを紹介します。
こちらは本来「審査をすることの利点について」というアンケートの回答内容ですが、自由記述欄では審査員の審査に対する思いが寄せられました。

その他(自由記述)
  • それぞれの地区の参加者一人ひとりの演奏表現が、地区によって違っているのを興味深く思ったり、指導されている諸先生のお力の深さを感じたり、演奏者の全てを越えた素晴らしい独自性をみつけると嬉しくなったり、などなど。興味はつきません。
  • 純粋に、練習一筋・音楽に一筋という若い方々(特級など上級の方々)の姿が美しく感じられます。懐かしいです。又、社会人の部門の方々の姿勢や演奏にも感動することが多くありました。
  • 私たち指導者は、いい音楽をたくさん聴いて感動することが、とてもいい勉強になっていると思います。それぞれの先生方が色々考え工夫されて指導されたすばらしい演奏に出会い、とても刺激的で楽しませていただいています。
■ インタビュー3
杉浦 日出夫先生(審査員選考委員会委員長)

私のピアノ音楽の関心事の一つに「どうしたら人を感動させることができるか?」というのがあります。感動の種類にもいろいろあります。ある一瞬、はっと感動が伝わる演奏、曲が終わりに近づくにしたがって感動が高まる演奏、演奏が終わってから、静かにじわじわと感動が押し寄せる演奏などです。それは至福の時間であり、短い時間の中に、永遠の時の流れを感じさせます。

子どもたちが純粋な心で、星々の輝き、木間からもれる光、そよ風に揺れる小さな花々を描くのを聴きましたし、また年をへたグランミューズの方々からは、過ぎ去った華やいだ時や、夕暮れの川べりで静かに揺れる葦を描くのを聴くことができました。恩師が「音楽は感動がなければならない」と、常々云われていたのを、その時々に思い返しております。