ピティナ調査・研究

第21番 マズルカ第22番(4つのマズルカ Op.33より 第1曲 嬰ト短調)

マズルカを味わう
第21番 マズルカ第22番
4つのマズルカ Op.33

837~38年作曲、1838年出版。ローザ・モストヴスカ伯爵夫人に献呈。ショパンがパリ時代半ば、作品25のエチュード集を完成させたりソナタ第2番を書き始めたりと、音楽家として円熟期を迎えていた頃の作品です。1836年に衝撃的な出会いを果たしてから関係を深めていったオーロール・デュバン、筆名ジョルジュ・サンド(1804-76)、また画家ドラクロワ(1798-1863)との交流も始まっており、ロマン派を代表する情熱的な芸術家であった彼らがショパンに与えた影響の大きさはよく知られているところです。この番号以降のマズルカは傑作が続きます。
「音楽は歌であるべき。演奏とは言葉で語りかけることと同じ。」が口癖であったショパンと向き合う日々を過ごす中で、筆者は先頃、古典主義文学の巨匠ゲーテ(1749-1832)のある言葉を目に留めました。言語を手段として思想や感覚の世界を表現した芸術家の興味深い格言だと思い、引用させていただきます。

『芸術の品位は音楽においておそらく最も高貴に現れている。』
『われわれのところでは、唱歌が教養の第一段階である。他のすべてはこれに関連し、これによって仲介される。』
『古典的なものは健康であり、ロマン的なものは病的である。』

第1曲 嬰ト短調

ショパンを『素晴らしいピアノの詩人』と評した同時代の作曲家、マルモンテルがショパン自身の演奏を次のように捉えています。

ショパンのメロディーを絵に喩えるならば、ちょうど優れた画家が回りの光や空気を描きこむように、音に抑揚をつけていくと言えよう。歌のフレーズや巧緻な唐草模様を、夢と現実のあわいのような濃淡に包み込んでしまうこと、これが芸術の極致というものだ。これがショパンの芸術なのだ。

非常に簡素なつくりである48小節のこの作品にも、この言葉を彷彿とさせるショパンの妙技が散りばめられています。

3部形式の初めと終わり〔A〕(各12小節)では、快活さが特徴であるはずのマズールのリズムが嬰ト短調で影を落としてゆくように奏でられます。特に、3回ずつ現れる憂鬱な出だしの2小節と心を虚しくさせるような4度音程(Dis-Gis)を持つ4小節目は印象深く、落ち込んだ背中を見せるように曲は始まり閉じられるのです。中間部〔B〕は平行調であるロ長調となって光のほうへと昇っていく、生き生きとした本来の姿のマズールで始まります。そして曲は山場を迎え、メロディーが朗々と情熱的に歌い始めます。しかしそれは、出だしで虚しさを印象付けた4度音程が連続する哀愁のクーヤヴィアクなのです。マズルカのリズムと音楽の間にムードのずれを生じさせ、微妙な色合いを創り出す技は見事です。こうしてショパンは、マルモンテルの言う「夢と現実のあわい」にいるような感覚を呼びおこし、ゲーテが「病的」と評するほどロマンに満ちた憧憬の世界を繰り広げているのです。

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