第16回 マズルカ第17番(4つのマズルカ Op.24 第4曲 変ロ短調)

ポリフォニック(多声的)な書法、起伏の激しい音楽、光と影を操るハーモニー、そして恍惚の世界へと導かれていく長いコーダ。この作品は「未来の傑作へと通じる充実した表現法」と様々な著書で解説されているように、これまでのマズルカの中で最も音楽的内容の密度が濃く、Op.24の締めくくりにふさわしい規模の大きいマズルカです。
何かが霧の中からぼんやりと見えてくるような序奏。2つの声部がオクターヴ離れた属音(F音)から半音階で近づいてくると、クーヤヴィアクのリズムに乗ったままテーマへと移っていきます。3拍目にアクセントを持つこのテーマは変ロ短調の音階をベースに2小節ごとに3度転調をしながら上昇、フォルティッシモまで高揚していきます。これが直後に繰り返される際にはテーマに深みのある内声が加わり、この作品の最高音Asまで達します。平行調に転じてdolce やscherzando と書かれた軽快な符点リズムのマズールに取って代わった後、戻ってきたクーヤヴィアクはさらに激しさを増します。テーマにも内声にもリズムの動きが加わり、più agitato e stretto(非常に興奮して次第に速く)の指示からもショパン自身の心の震えや嵐のように襲ってくる感情の高ぶりが聞こえてきます。
すると突然静寂に...sotto voce のユニゾンがクーヤヴィアクのリズムで現れます。ショパンの弟子レンツがこの場面についての彼の言葉を次のように伝えています。
ショパンはレッスンのときに、この曲の第3部(54~62小節)は混声合唱であり、冒頭のユニゾンには次に続く和音が呼応している、と教えてくれた。
ユニゾンはごく軽く弾くべきものなのだが、誰も彼を満足させるような弾き方はできなかった。「これはコーラスの女声パートなんですよ」とショパンは言う。だがそれほど微妙かつ素朴な演奏ができる者は誰もいない。鍵盤にそっと触れるのも憚られるくらいで、叩くなどとんでもない話だったのだ!
教会で聖歌を聴いているような錯覚に陥るこの8小節間の間奏が終わると、再び・・突然・に変ニ長調のエネルギッシュなマズールがやってきます。ここでは con anima と指示され、4小節単位でピアニッシモとフォルティッシモを、また長調と短調を行き来し音楽のエネルギーを溜め込んでいきます。人間の感情しかり、この世に存在するあらゆるものは表裏一体である。ロマン派に生きた誰もが敏感に感じていたこの光と影を、ショパンにしては珍しくくっきりと示しています。
そして冒頭のテーマが戻りうつろなコーダへ。メロディーはもはや活発さを失いリズムだけが漂う印象です。音楽がピカルディー和音により浄化されると(130小節)、その後は calando/mancando/smorzando(いずれも「消えるように」の意)、フェルマータやラレンタンドなどによりゆっくりと消えていきます。コーダの間中ずっとベースに鳴り響いていた主音のBは、最後の23回目(※)に意味ありげにスフォルツァンドで強調されます。恍惚の世界の扉が開いた瞬間...なのかもしれません。激した感情の炎が消えた後かすかに残った煙のようにコーダの一節が最後に空に漂うように聞こえ、この作品の開始音Fに回帰し曲を閉じます。
- コーダの1小節前(116小節)のベース音から数えると24回目となります。24回目として完結または回帰した印象に捉えるか、23回目として未来への空間を投げかけるか...。筆者はどちらの捉え方でも演奏が可能だと思います。「未来の傑作へと通じる作品」であることを感じるポイントの一つとして、この点に注目してみるのも面白いのではないでしょうか。

