シンフォニア第5番
石井なをみ
2つのヴァイオリン又はフルートなどによる主要声部と通奏低音からなるトリオソナタ風の作品です。アポジャトゥーラ(倚音)を多用しており、これは旋律的装飾のみならず、和声的表現の豊かさを生み出します。内面的な美しさを表現したサラバンド風の楽曲と言えます。
上田泰史
鍵盤楽器のための作品でも、楽譜を見たときに、それが管弦楽的なのか、室内楽的なのか、あるいは声楽的なのかがわかると、楽譜の向こう側に時代の風景が見えてきます。第5番は、トリオ・ソナタの書法の特徴を示しています。これまでの番号と違って、3つの声部には対等な役割が与えられておらず、はっきりと旋律と伴奏に分かれています。下声部はアルペッジョを奏で、主題は担いません。これに対して、上声部と中声部はそれぞれ互いに模倣し合いながら対等に動きます。
トリオ・ソナタは、17世紀後半に声楽ジャンルであるマドリガーレから独立して成立した、初期の器楽ジャンルです。コレッリからヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハに至るまで、バロックの作曲家の多くがこのジャンルを手がけています。貴族のプライベートな空間や知識人の集まりではしばしば室内楽が演奏されましたが、その代表的なジャンルがトリオ・ソナタです。旋律を演奏する高音楽器(ヴァイオリン等)と通奏低音の3パートで構成されるので「トリオ」と称しています。通奏低音パートは、バスパートを担当するチェロやヴィオラ・ダ・ガンバの他に、バスパートとなぞりながら和音を補填するリュートや鍵盤楽器も参加するので、4名以上で演奏することもありました(今日では、4名での演奏が一般的です)。
Arcangelo Corelli (1653-1713) – Trio Sonata in F Major op. 3 nr. 1
楽章は時代を下るにつれてはっきりと分かれるようになり、緩ー急-緩ー急の順で配置され、対位法的模倣で始まる厳格な書法を用いるものを教会ソナタ、舞曲組曲の体裁をとるものを室内ソナタと呼びます(そうしたジャンル区分にもかかわらず、必ずしも演奏場所と結びついた呼称ではありません)。上の動画は教会ソナタで、第2・4楽章はカノン風の模倣で始まります。
さて、これを念頭にこの曲を見てみると、まず、アルペッジョを奏でる左手は通奏低音のリュートのように聴こえてこないでしょうか。上の2声部は、フルート、リコーダー、(バロック時代の)コルネットなど、任意の高音旋律楽器を想像してみましょう。
全体として装飾が豊かに散りばめられており、優美さが際立つ緩徐楽章ですが、冒頭には、対位法的な書法、つまり4度のカノンが置かれています。後にバッハが3声部の対位法書法を追究することになるトリオ・ソナタ《音楽の捧げもの》が想起されます。しかし、第5番のカノンは4小節しか続きません(第30~34小節にかけて、再び6度のカノンが短く現れます)。これら2つのカノンのパッセージは、3度と6度を基調とする並行音程で動くので、対位法的というよりは、むしろホモフォニックに聴こえます。
この点、第5番はトリオ・ソナタの緩徐楽章のようであると同時に、上2声は寄り添う2人の登場人物のようでもあり、オペラの二重唱として解釈することもできます。最後に、バッハより120年ほど前にクレモナで生まれた作曲家、クラウディオ・モンテヴェルディのオペラ《ポッペアの戴冠》から、二重唱「ただあなたを見つめ、ただあなたに悦びを覚える」を聴いてみましょう。皇帝ネロとポッペアが愛の神の助けを借りて結ばれ、愛の悦びを歌い交わす終幕の二重唱です。
改めてシンフォニアを聴いてみると、みなさんはトリオ・ソナタと二重唱、どちらを思い浮かべますか?
橋本彩
非和声音から次の和音の構成音に跳躍して移る音のことをいいます。第5曲はこの逸音が多用されています。
この「レ」も逸音です。
短調は、第9音が主音と短2度の関係になります。
主音ではなく第3音で終わる曲はシンフォニアに3曲ありますが、そのうちの1曲です。
山中麻鈴
- 楽譜は一例です