シンフォニア第15番
石井なをみ
インベンション全15曲の終曲となった15番は、ジーグ風の動きを持ちながらも、比較的自由な発想で書かれた曲です。 2段鍵盤を想定して書かれているため、現在のピアノで弾く場合には左右の手がぶつかり合う箇所があります。 指使いを工夫して、16分の9という複合拍子のリズムを感じながら、32分音符の分散和音を軽やかに弾けるといいですね。
上田泰史
ここまで扱ってきたシンフォニアは、フーガ風の模倣で始まっていました。フーガ風の模倣が多いのは、バッハが16~17世紀にイタリアを中心に栄えた楽器のためのカンツォーナやリチェルカーレと呼ばれた器楽の伝統を汲んでいるからです。南方の対位法的な器楽様式の一方で、北ドイツのオルガン楽派からは、即興的で技巧的なオルガン・トッカータの様式も流れ込んでいます。この第15番で色濃いのは後者のトッカータ風の要素です。第3小節に唐突に登場する32分音符の分散和音、即興的なカデンツァを要求するフェルマータが、その印象を強めています。
しかし、構造に注目すると、オルガン・トッカータほど即興的な身振りに支配されているわけではありません。この曲は互いに性格の異なる3つの発想(invention)の組み合わせで作られています。主題を形づくる下図のモチーフa(連打)は垂直的で、b(分散和音)は急速に1オクターヴを超える音域を動き、そして旋律的な対位句(図にはありませんがcと呼びましょう)は4度の範囲で動く水平的な旋律です。aは、音楽の基調となるリズムを淡々と刻む一方で、32分音符によるbは自由な流れを形作っています。こうした動きは、音楽的な修辞としては、生命の生き生きとした動きの比喩として用いられることがあります。この作品がカプリッチョ的な性格を帯びているとすれば、規則正しいaに対して、その規則性を破って気ままに振る舞うbのモチーフとの対比ゆえでしょう。
各声部は対等に扱われており、3声すべてに主題が現れます。主題(aab)と対位句(c)は対位法的に転回できるように書かれているので、第4小節では声部が入れ替わっています。この3要素が最初の3小節で提示され、以後、曲全体を組織します。
主題の提示は、第1部と第2部の冒頭の2回のみです。ゼクエンツは、単なる埋め草的な推移ではなく、入念な動機労作が行われます。上の図には明示されていませんが、cの断片が第23~25小節では反行形(青い四角)になっています。
このような音型の操作はbについても見ることができます。32分音符によるこの音型は、始めは短く舞い上がってから2オクターヴ下行していました(第3小節)。第11~13小節のゼクエンツでもbは下行音型として現れます。しかし、26~27小節のゼクエンツでは上行し、その後、第28小節で、右手が上行、左手が下行します。これは、分散和音をさまざまなパターンで練習させるという教育的な配慮であると同時に、作曲上、同じパターンの繰り返しにならないように変化を付けるという創意工夫でもあるでしょう。
第32小節のフェルマータは、記譜はされていませんが、即興的なカデンツァが入るところです。このカデンツァから続く2小節は実にトッカータ的です。bのモチーフで一気に3オクターヴを駆け下り、減七の和音で停止するのですから、なかなかに悲劇的です。そして、あの規則的なリズムのaが回帰して終わります。この結末を、自律した意思を持ったように振る舞うモチーフbが、モチーフaの決して揺らぐことのない運命のリズムを前に屈してしまう、と解釈するのは、いささかロマン主義的すぎるでしょうか?
橋本彩
(その前2小節では2声が同じ方向(上行形)ですが、ここで反行形となり、曲のクライマックスへ向かいます。)
山中麻鈴
- 楽譜は一例です