シンフォニア第1番
石井なをみ
シンフォニア第1番は、スケールが主体のテーマです。スケールの上行形、下行形の練習といえるでしょう。色々な調に転調していきますが、随所に出てくるスケールの音型を、いかに音楽的な息づかいでフレージングしてまとめられるか、いかに歌えるか、語れるか、という課題ではないでしょうか。
上田泰史
この曲は、私たちが普段理解している意味でのフーガではありませんが、各声部に次々に主題が現れる模倣様式で書かれています。模倣様式というのは、ポリフォニー(多声)音楽で主題を他の声部で同じように繰り返すような書法全般を指します。
フーガも模倣様式の一種ですが、一般に私たちがフーガと呼んでいる曲種は、作曲の基礎として学ぶいわゆる「学習フーガ」を基準とするものです※1。このようなフーガ書法は、19世紀以降に音楽院などで定式化されていきましたが、歴史的に見ると、この標準型に当てはまらない例は少なくありません。それもそのはず、フーガはイタリア語で「逃走」という意味の名詞で、もともとはこの「逃げる」という意味を表すために、声部が次々に逃げ去るような書法、という広い意味を持っていました。下の譜例は、ライプツィヒの聖トマス教会でバッハの前任のカントルだったヨハン・クーナウ(1660~1722)の通称「聖書ソナタ」第1集の一場面です。
この曲集は、全体で聖書の物語を楽器だけで表現しようとした面白いソナタです。そしてこの場面は、巨人ゴリアテが、ダビデの投げた石に当たって倒れ、ペリシテ軍の兵士たちがイスラエル軍から蜘蛛の子を散らすように逃げていくところです。譜例の上部には "La fuga"という文字が見えます。この一文は「ペリシテ人の逃走、彼らはイスラエル人たちに追いかけられ殺される」という内容で、かなり物騒ではありますが、曲そのものはハ長調でどこかコミカルです。各声部に次々に主題が現れ、「逃走(フーガ)」という概念が模倣様式によって表現されているのがよくわかります。
ところで、お気づきの方もおられると思いますが、この曲は《シンフォニア》の第1番によく似ています。バッハの第1番では、21小節の中に上行する主題が11回主題が現れ、反行形も6回出てきます。クーナウとの違いは、主題が一挙に1オクターヴの階段を昇っていくという点です。オクターヴの効果により、この部分は逃走というよりは、主題が次々に天に立ち昇っていくようです。とくに、ニ短調が終わりヘ長調へ移行する第14小節からは、主題は左手のcから始まり、その開始音は第15小節で五度上のgに移高され、さらに第16小節でf1に移されます。そして、第17小節で楽曲の最高音c3が鳴り響きます。楽曲後半は、天上的なヘ長調の響きから最後の4小節で地上に着地する、そんなイメージを持つと、ストーリーを組み立てやすいかもしれません。
- 学習フーガでは、主唱(主題)に対し、対位法的に転回可能な音程で書かれた対唱(対主題)が組み合わされ、次いで、主唱の五度上ないし四度下で応唱(主唱をV度調に転調させた形)が表れ、やはり対唱と組み合わされます。これを全ての声部で繰り返したら、主唱や対唱から取ったモチーフに基づいて展開する嬉遊部が来ます。提示部ー嬉遊部を変化を付けながら何度か繰り返したのち、ストレッタと低音の属音ペダルが来て、コーダが導かれます。
橋本彩
倚音・掛留音・経過音
山中麻鈴