ピティナ調査・研究

第2回 シューマン「幻想曲」初版譜ほか

素顔のアンティーク楽譜

今回も初版譜をいくつかご紹介しましょう、一緒にお楽しみください。


(1)シューマン/幻想曲op.17 1839年初版 Breitkopf & Härtel社

最初はロベルト・シューマンのピアノ曲の最高傑作といっても過言でない"幻想曲=ファンタジー"作品17 ハ長調です。この楽譜は1839年にブライトコップフヘルテル社から出版された初版譜です。次に紹介するシューベルトのソナタのタイトル・ページと比べると比較的簡素なデザインになっています。楽譜の最初のページ冒頭には有名なF・シュレーゲルの詩が"モットー = MOTTO"として掲げられています。「この世のさまざまな夢の中に鳴り響くすべての音を通じて ひそかに耳を澄ます者には かすかな一つの音が聞こえてくる」。これは妻になる女性・クララの声だと思います。曲はフランツ・リストに捧げられましたが、リストは返礼として彼の唯一のピアノ・ソナタ ロ短調をシューマンに捧げています。これに関してはあるエピソードがあります。リストは彼のソナタを他の作品と共にクララ・シューマンに送りました。当時シューマンは精神病院に収容されていたので、代わりに譜読みをしたクララはこの斬新なソナタが全く理解できず、ブラームスも同意見でした。これを受けて有名な批評家のハンスリックも「支離滅裂なソナタであると」と判断しました。現在では全く的外れな見解ですね。さて話を幻想曲に戻しましょう。音楽史的には"幻想曲"は自由な発想を展開する一種の即興曲として発展してきたようです。シューマンに先立つものとしてはモーツァルトのハ短調幻想曲、ベートーヴェンの幻想曲が有名です。しかし我らがロベルトは新作のソナタに敢えて"幻想曲"とタイトルをつけたことは画期的ですね。ピアニストの皆さんはこの曲のどこが"幻想曲"なのだと思いますか。


(2)シューベルト/ソナタ第14番 D.784 1828年初版 Diabelli社

一方シューベルトのソナタはタイトル・ページが特徴的です。このソナタはシューベルトの死後に1828年にディアベッリ社から出版されました。これはその初版譜です。当時シューベルトは身近なサークルの中では天才の誉れが高かったのですが、一般的には現在ほどには認知されてはいませんでした。そんな事情もあってか、出版に際しては出版社によってメンデルスゾーンに献呈されたと銘記されています(Dédié à Felix Mendelssohn par les Editeurs A :DIABELLI ET COMP .)。そのせいでメンデルスゾーンの名前が目立っています。背景から光が射していますが、その中心もシューベルトではありません。有名人の名を借りて何とか売ろうとした出版元の苦労が伺われます。こんなことがわかるのも"素顔"の初版譜ならではですね。ドイッチェ番号では784、ソナタでは第14番で、もともとは1823年2月に作曲されたそうです。タイトルには『グランド・ソナタ』とありますが、曲の規模としてよりむしろイ短調で書かれたその引きしまった内容が『グランド』だと思われますが、皆さんはどうでしょう。


(3)リスト/ピアノ協奏曲第2番(ピアノパート) 1863年初版 Schott 社

こちらはリストのピアノ・コンチェルト第2番のピアノ・パートの初版です。タイトル文字だけが浮き出るようにデザインされた素晴らしい楽譜です。この曲を献呈された HANS VON BRONSART(ハンス・フォン・ブロンサール 1830-1913) はワイマールでリストに学び1857年にこのコンチェルトをリスト指揮のもとで初演しています。楽譜は1863年に出版され彼に献呈されました、出版はマインツのショット社です。彼自身優れたピアニスト、作曲家で、現在でも稀に演奏されるのはハンス・フォン・ビューローに高い評価を受けたピアノ・コンチェルトぐらいでしょうか。

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