ピティナ調査・研究

17.「スクリャービンの伝記」という神秘:4①

スクリャービン:「神秘」の向こう側へ
「スクリャービンの伝記」という神秘:4. フォービオン・バワーズのスクリャービン伝のおかしな点①

前回は、バワーズの伝記が書かれた時代背景――1960年代後半のヒッピー文化やニューエイジ・ムーブメントの中でスクリャービンが再発見されたこと、そしてバワーズ自身の経歴と情熱がこの大著を生んだこと――を確認しました。バワーズ伝がスクリャービンの音楽を広く知らしめた功績は大きいものの、同時にスクリャービンを「神秘的で奇矯な人物」として固定化してしまった面も否めません。今回は、バワーズが強調した「神秘」の具体的な中身を検討してみましょう。

バワーズが描き出すスクリャービンの「神秘」は、大きく三つの側面に分けることができるように思われます。一つ目は「強迫的な潔癖さ」、二つ目は「女性的な物腰」や性的な側面との結びつけ、そして三つ目は「誇大妄想的な神秘主義者」としてのイメージです。以下、順にみていくことにしましょう。

第一の側面:「強迫的な潔癖さ」

バワーズはスクリャービンの日常的な習慣を次のように描いています。

そう、スクリャービンには生涯、神経質な身振りや強迫的な習慣が絶えることがなかった。頻繁に手を洗う人で、ただ握手をしただけという後でさえ洗うのだった。家の中でも手袋を着けていた。細菌や感染性の菌など、すべてを恐れていた。「この手紙にお金が落ちてしまった。どうかこの紙の隅を持つように。4枚目が一番汚れています」と、1914年3月21日にロンドンから書き送っている。ローゼノフは、ゼニーノ村でサーシャ[アレクサーンドルの愛称形]に半熟卵が出されたときの様子を回想している。「火が通っていないじゃないですか! もし雌鶏が結核にかかっていたらどうするんです?」。彼はそわそわし、気をもみ、騒ぎ立て、むっとし、指をトントンと叩いた。膝を小刻みに震わせ、小鼻が痛むかのように鼻筋をつまみ、皿からテーブルクロスに食べ物が落ちると震え、たとえパンであってもそれを食べることを拒んだ。(Bowers 1969, vol. 2, 192)

現代の読者がこの記述を読めば、スクリャービンは相当に病的な潔癖症だったのだろう、と感じるのではないでしょうか。実際、バワーズはこの段落の前後で「強迫的 compulsive」「神経的 neurotic」といった精神医学的な語彙を頻繁に使っており、スクリャービンの行動をはっきりと「異常」な習慣として位置づけています。

しかし、まず確認しておかなければならないのは、この時代の衛生観念は現代とは大きく異なるということです。19世紀末から20世紀初頭にかけて、細菌学の発展とともにヨーロッパでは衛生・消毒・感染防止への強い社会的意識が広まっていました。石けんや消毒薬を日常的に使うことが推奨され、手洗いの習慣や手袋の着用は、特に上流階級のエチケットとして広く見られていたものです。また、あらゆる日用品が病原菌の媒体になりうるという認識がこの時期に浮上したことで、ロンドンやパリでは紙幣を「不衛生な媒体」として扱う風潮さえ生まれていました。さらにコレラの流行や、殺菌されていない水を飲んだことが原因で亡くなったとされるチャイコーフスキイの話も当時のロシアでは広く知られており、身近なものから感染する病気への恐れは、決してスクリャービン個人の奇癖とは言い切れないのです。そう考えると、スクリャービンの行動の少なくとも一部は、当時の国際的な生活習慣に則した慎重さとして理解することもできるでしょう。

もう一つ重要なのは、バワーズの記述の出典です。バワーズの著書には原註が明記されていないのですが(この点はしばしば研究者から批判されています)、半熟卵のエピソードの典拠を追跡すると、本連載では取り上げていなかったのですが、スクリャービンの初期の伝記の一つであるユーリイ・エーンゲリの『スクリャービン』(1916年)に行き着きます。エーンゲリは音楽批評家として知られる人物で、スクリャービンの生前から彼の音楽を論じていました。スクリャービンの死後まもない1916年に出版されたこの伝記的論考には、スクリャービンの友人であるローゼノフの回想として、先に挙げたエピソードがすでに記されています。ここで、バワーズとエーンゲリの記述を並べてみましょう。

エーンゲリの原文はこうです。

ローゼノフは、スクリャービンの青年時代にもこんなことがあったと回想している。スクリャービンはローゼノフの領地に滞在していたのだが、そのとき朝ごはんに半熟卵が出された。スクリャービンは食べるのを恐れた。「半熟卵だって……つまり、煮沸されていないってことでしょう……雌鶏が肺病だったらどうするんです?!」と。お菓子が皿からテーブルクロスに落ちると、もうそれを食べなかった。細菌がついてしまったかもしれない! そんなことが何度も何度もあったのだ。(Энгель 1916, 83)

バワーズの記述とエーンゲリの原文を比べてみると、半熟卵のくだりの骨格――鶏が結核だったらどうするのか、という恐れ――はおおむね一致しています。しかし、いくつかの点でバワーズの記述にはエーンゲリにない要素が加えられていることに気づきます。

第一に、テーブルクロスに落ちた食べ物の種類が変わっています。エーンゲリでは「お菓子 пирожное」が皿からテーブルクロスに落ちた、と具体的に書いてあるのに対し、バワーズは「食べ物が……たとえパンであっても any food... even if it was bread」と、あたかもそれが習慣だったかのように書き換えています。つまり、特定のケーキが落ちたという一回的なエピソードが、常態的で極端な行動に一般化されているわけです。

第二に、エーンゲリの原文にはない一連の身体描写がバワーズによって付け足されています。「そわそわし、気をもみ、騒ぎ立て、むっとし、指をトントンと叩いた。膝を小刻みに震わせ、小鼻が痛むかのように鼻筋をつまんだ」――この畳みかけるような描写は、エーンゲリには見当たりません。バワーズがどこからこれらの描写を持ってきたのかは不明ですが、少なくともエーンゲリの記述にはないものです。

そして第三に、最も重要な点があります。実はエーンゲリは同じ箇所で、こうも書いているのです。「もっとも、何かに特別に夢中になっているときには、スクリャービンは細菌のことなどすっかり忘れてしまって、何でもどこでも平気で食べた」(Энгель 1916, 84)。つまりエーンゲリは、スクリャービンが潔癖であったことを認めつつも、それが常に彼を支配していたわけではなく、興が乗れば忘れてしまう程度のものだったという、いわばバランスの取れた人物像――あるいは、こだわりはあるけれどどこか抜けている、微笑ましい人物像とも読めます――を描いていたのです。バワーズはこの緩和的なフォローを完全に削除し、「変人」としての面だけを残しました。

まとめると、バワーズはエーンゲリの記述を出典を示さずに用い、(1) 具体的なエピソードを一般化・拡大し、(2) 出典にはない身体描写を追加し、(3) 元の資料にあったバランスの取れた補足を省略することで、スクリャービンの「強迫的な潔癖さ」を実際以上に際立たせています。さらにバワーズは、これらのエピソードを手紙の引用(紙幣の話)や他の行動パターン(薬の過剰摂取、雷への恐怖、女性の隣で落ち着かないこと等)と一つの段落にまとめ上げることで、あたかもスクリャービンが日常のあらゆる場面で神経質に振る舞い続けた人物であるかのような、一面的で圧倒的な印象を読者に与えています。

もちろん、スクリャービンに潔癖な面があったこと自体は事実でしょう。しかし、それを描く際に出典を示さず、元の資料にあった均衡を崩して誇張するという手法は、伝記としては問題があると言わざるを得ません。

参考文献
  • Ballard, Lincoln, and Matthew Bengtson, eds. 2017. The Alexander Scriabin Companion: History, Performance, and Lore. Lanham, MD: Rowman and Littlefield Publishers.
  • Bowers, Faubion. 1969. Scriabin: A Biography. 2 vols. Tokyo and Palo Alto: Kodansha International.
  • Энгель, Юлий Дмитриевич. 1916. А. Н. Скрябин: Биографический очерк. Петроград: тип. «Сириус».
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