ピティナ調査・研究

第005回 ウィーン再訪

ショパン物語
1.ピアノ協奏曲 当時、一流ピアニスト兼作曲家として楽壇で認められるのには、自作の協奏曲を披露する慣わしがあった。ショパンもウイーンでピアノ協奏曲を演奏し出版してもらおうとしていたが、思うようにいかなかったようだ。その頃のウイーンでは一流ピアニストの来演が多かったため、聴衆はピアノに食傷気味で、ショパンにあまり関心を示さなかったという。
2.ピアノ協奏曲第2番とノクターンcis-moll 「戦場のピアニスト」で有名になった遺作のノクターンcis-mollは、ショパンがウイーンへ旅立つ前に、ルドヴィカ姉さんに「ピアノ協奏曲第2番の練習用に」、と贈った曲だという(確かにモチーフは同じものが登場する。しかし、技術的な難易度の面等から、この曲を「練習用」として作曲したかどうかはやや疑問)。 ただ、ショパンは「ノクターン」のタイトルは入れず、ルドヴィカ姉さんが後に「ノクターン風」と題したので「ノクターン」に分類されるようになった。
林 倫恵子(はやしりえこ) 漫画家・ピアノ指導。ホームページ