ピティナ調査・研究

第12回 様々な鐘の用法と音楽②

第12回 様々な鐘の用法と音楽②

これまで祝祭の鐘や葬儀の鐘など、教会法規に記載されている鐘と関連する音楽について述べてきました。
鐘の音と関連する作品は19世紀から20世紀初頭に書かれた作品に多く見られますが、20世紀、教会の活動が著しく制限されたソヴィエト時代においても作曲されています。ここではその一例を紹介しましょう。

1)時報

教会の鐘は本来、奉神礼の始まりを告げるものとして理解されてきましたが、同時にその音は信徒たちに時刻を知らせる役割も果たしました。鐘の音を合図として、信徒は教会に赴き、或いは、携帯用イコンを前に祈りを開始する、というのが古くからのロシアの日常の光景でした。すなわち、教区のすべての住民の生活のリズムを刻み、日常社会の支柱となるものこそ、鐘の音であったと言っていいでしょう。
時報の鐘の音は様々な形で音楽化されていますが、ここではプロコフィエフの《組曲 第1番 シンデレラ》Op.107 より、第8曲<真夜中>をご紹介します。

プロコフィエフ《組曲 第1番 シンデレラ》Op.107 より、第8曲<真夜中>

作曲年:1944年、初演年:1946年

プロコフィエフはフランスの詩人ペローの童話集の中の『シンデレラ』に基づく同名のバレエ音楽を1944年に作曲し、大きな成功をおさめました。その後、バレエ音楽《シンデレラ》に基づく3つの組曲を作曲。1946年に《組曲 第1番》が初演されました。《シンデレラ》は皆さんご存知のとおり、薄幸の少女シンデレラの物語です。仙人(老婆)の魔法でプリンセスに変身し、舞踏会に赴いたシンデレラは王子と出会って恋に落ちます。二人が幸福そうにワルツを踊る正にそのとき、魔法が解ける時刻12時の鐘が鳴ります。シンデレラはその場を立ち去り、一人残された王子は少女の落としたガラスの靴を拾い上げ、シンデレラとの再会を誓います。
《組曲 第1番》第8曲<真夜中>では、シンデレラと王子の踊る優雅なワルツが深く、のびやかに展開します。と、そこへ「秒針の音楽」が唐突にワルツを打ち切り、魔法が解ける「12時」の到来を無情に告げます。
《シンデレラ》はプロコフィエフ自身によって、いくつかの編曲版が作られています。近年、ピアニストのミハイル・プレトニョフによって2台ピアノ版が書かれ、しばしば演奏会のプログラムに取り上げられています。

2)魔除けの鐘: の鈴

教会の鐘は旧約聖書時代に用いられた鈴を前身とし、この際、鈴は金属製の音を嫌う「魔物を追い払う役割」を持っていたとされました。『ゼカリア書』(14-20)には、馬にさえも聖別された鈴が付けられたことが記されています。
このような聖書の記述から、馬車や橇に魔除けとして鈴をつける習慣が生み出されました。橇の鈴の音を表現した音楽の代表的な作品として、チャイコフスキーのピアノ曲<トロイカ>を紹介します。

チャイコフスキー《四季:12の性格的描写》Op. 37bisより、第11曲<トロイカ>

作曲年:1875年

チャイコフスキーの《四季:12の性格的描写》Op. 37bisは1875年に作曲され、1876年に出版されました。
1875年、サンクトペテルブルクの音楽雑誌『ヌーヴェリスト』の編集者ニコライ・ベルナールはチャイコフスキーに毎月1曲、計12曲の短いピアノ曲を書いてほしいと依頼しました。チャイコフスキーはこの依頼を受けて、1875年暮れに1月と2月の作品を書き上げ、ベルナールに送付しました。その後、作曲は順調に進められ、5月末までに全12曲が完成しました。
ベルナールはこれらの作品に短いエピグラフを添え、毎月『ヌーヴェリスト』に掲載しました。この12曲は1886年に《四季》のタイトルでユルゲンソン社から出版され、以降、何度も重版されました。
チャイコフスキーは、自ら積極的にこの作品に取り組んだわけではなく、収入を得るために依頼を受けたとの説もあります。しかし、移り行く時の流れを丁寧に描き出した一連の作品は、チャイコフスキーの自然への深いまなざしと郷土愛を感じさせます。多くはシンプルなABA形式で書かれていますが、どの作品も美しい旋律で彩られ、中には高い技巧を要求するものもあります。
鐘と関連する曲として、11月の<トロイカ>が挙げられます。ここでは、ジャラジャラと音を立てる橇の鈴が右手で軽快に表現されます。ロシアでは当時、三頭立ての馬橇「トロイカ」が冬の乗り物として大きな役割を果たし、通りでは鈴の音が冬の風物詩として、その音を響かせていました。
チャイコフスキーはこの馬橇の鈴をいかに表現したのでしょうか。以下の譜例をご覧ください。

右手が奏でるスタッカートの軽やかな16分音符が、白銀の鈴の音を想起させます。このシンプルな音型はまた、グリンカ、チャイコフスキー、ラフマニノフらによって表現された祝祭の鐘ブラガヴェストの音型と相通じるものがあります。この音型はフォルテで示され、即座にピアノに転じ、強弱を繰り返しながら徐々に音程を下げ、遠ざかる橇を表現するかのように消えていきます。
<トロイカ>は《四季》の中でも最も難易度の高い曲の一つです。メロディの流れが速く、やや複雑なテクニックも要求されます。少年時代からこの曲に親しんだラフマニノフは、ときおり<トロイカ>をアンコールで演奏し、聴衆を喜ばせました。ラフマニノフの<トロイカ>の解釈は模範として多くのピアニストに影響を与え、その録音は今尚、愛聴されています。

結び

12回にわたってお話しさせていただきました「正教会の鐘とロシア音楽」も今回で最終回となります。この連載では正教会の鐘の意味とその歴史についてお話し、その後、鐘の奏法とそれに関連する音楽について言及しました。とは言え、ここで取り上げた作品は代表的な例であり、鐘と関連する作品はこのほかにもたくさんあります。基本的な鐘の音型をさらに複雑な音型へと発展させた作品も多く存在します。今後、ロシアのピアノ作品に取り組まれる際には、ご自身で鐘の音型を探してみてください。ロシア音楽に対する理解がさらに深まることでしょう。
最後に、ロシアの鐘を理解するうえで参考になる映画『アンドレイ・ルブリョフ』を紹介いたします。機会があれば、ぜひご覧ください。この映画では、鐘の製造過程、鐘を作ることの重責、周囲の期待、その音が響き渡ることの意味などが丁寧に描かれています。ロシア史における鐘の重要性を理解する上で、大変有益な作品です。


コラム
映画『アンドレイ・ルブリョフ』と鐘
映画『アンドレイ・ルブリョフ』(1966)について

『アンドレイ・ルブリョフ』は旧ソ連の映画監督アンドレイ ・タルコフスキー(1932-1986)製作の長編映画(約180分)です。1966年に制作されましたが、いくつかのシーン(特にタタールの襲撃によってロシアの都市が破壊され、住民が虐殺されるシーン)がソ連当局によって問題視され、上映を禁止されました。その後、短縮版が上映され、1969年、カンヌ映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞。1971年、完全版がソ連国内で一般公開されました。

イコン画家アンドレイ・ルブリョフについて

本作品の主人公アンドレイ・ルブリョフ(1360年頃-1430年頃)は14-15世紀に実在した修道士であり、イコン画家として名を残しています。代表作に救贖者キリスト、聖母子画、聖三位一体(至聖三者のイコン:トレチャコフ美術館所蔵)をはじめとするイコンがあり、正教会はルブリョフを「聖人」として崇敬しています。ルブリョフの生涯については不明な点が多く、生年についても諸説がありますが、1360年頃、セルギエフ・ポサード近郊で出生したと考えられています。1405年に制作されたモスクワの生神女福音大聖堂(クレムリン内)のイコノスタシス(イコンの壁)に共同制作者としてルブリョフの名が銘記されています。その後、ウラディミール、セルギエフ・ポサードなどにおいてイコンの製作を行い、独自のスタイルを完成させました。1428年、もしくは30年、ルブリョフはペストに罹患し、モスクワの聖アンドロニコフ修道院で世を去りました。

映画『アンドレイ・ルブリョフ』の内容

映画『アンドレイ・ルブリョフ』は2部構成をとる長大な作品です。第1部ではスコモローフ(旅芸人)や異教徒、国家指導者間の闘争などがテーマとされ、揺れ動く社会の中で真の信仰やイコンについて模索するルブリョフの姿が浮き彫りにされます。
第2部ではタタールによる都市ウラディミールの襲撃が大きなテーマとなります。聖堂に逃げ込んだ住民が次々と命を落として行く中、ルブリョフは一人の女性の命を救うため、タタール人兵士を殺めてしまいます。罪悪感にさいなまれたルブリョフは筆を折り、沈黙の誓いを立てます。それから15年後(1428年)、ルブリョフは大公の命令を受けて大鐘作りに励む少年ボリスカに目を止めます。少年の采配によって鐘が徐々に完成し、やがて、お披露目の時を迎えます。国内外の要人が見守る中で、少年は見事に鐘の第一声を響かせます。その音に呼び覚まされたルブリョフは沈黙の行を破ってボリスカを抱き寄せ、「鐘を作れ、私はイコンを描く」と言い、神に仕える道へと少年を導くのでした。

映画『アンドレイ・ルブリョフ』における鐘

この大鐘のエピソードの舞台は、古都スズダリのポクロフスキー聖堂内。ここでの撮影は他のシーンに先立って行われたとのことです。このシーンの見どころは、鐘の製造過程が詳しく描かれている点にあります。少年ボリスカの手腕で着々と製造が進められ、見事な大鐘が誕生するシーンは圧巻です。同時に、人々がこの鐘をいかに必要とし、その音を聞くことを望んでいたかが様々な形で描写されています。
正教会の鐘は近代的な都市が完成するよりはるか昔からロシアの大地に音を響かせていたのだということ——そうしたことをこの映画は思い出させてくれます。鐘の音は、ロシアの原風景の音であると言えるかもしれません。ロシアの人々と共に歴史をつむぎ続けてきた鐘の音は、聖なる音であると同時に、ロシアの民族性に深く根付いた音であると言っても過言ではありません。太古の時代と今とをつなぐその音は、一人一人の人生と結びつきながら世代を超えて響き渡り、新たな歴史をつむぎ続けて行くことでしょう。


チャイコフスキー《四季:12の性格的描写》Op. 37bisより、第11曲<トロイカ>(演奏:大塚玲子)

参考

参考文献
  • Вишневецкий, И. Г., Сергей Прокофьев: Документальное повествование в трёх книгах, Москва: Молодая гвардия, 2009.
  • Poznansky,Alexander, Tchaikovsky: The Quest for the Inner Man, ‎New York: Schirmer Trade Books, 1991.
  • Tchaikovsky, Pyotr, The Seasons, Op.37a, Berlin: Adolf Kunz, n. d.
  • アンドレイ・ルブリョフ公式サイト(ロシア語)
  • 落合東朗 『タルコフスキーとルブリョフ』 東京:論創社、1994年。
  • 山田和夫 『ロシア・ソビエト映画史 - エイゼンシュテインからソクーロフへ』 東京:キネマ旬報社、1997年。