ピティナ調査・研究

第11回 様々な鐘の用法と音楽①

第11回 様々な鐘の用法と音楽①

これまで祝祭の鐘や葬儀の鐘など、教会法規に記載されている鐘と関連する音楽について述べてきました。
鐘の音と関連する作品は19世紀から20世紀初頭に書かれた作品に多く見られますが、20世紀、教会の活動が著しく制限されたソヴィエト時代においても作曲されています。ここではその一例を紹介しましょう。

1)ソヴィエト時代に書かれた鐘の音楽
ロディオン・シチェドリン:《子供のための音楽帳》(1981年)

ソヴィエトを代表する作曲家ロディオン・シチェドリンは1981年に若者に向けた15曲の小品を作曲し、《子供のための音楽帳》として出版しました。この作品集はシューマン《子供のためのアルバム》(1848年)、チャイコフスキー《子供のアルバム》(1878年)、プロコフィエフ《子供の音楽》(1935年)、バルトーク《ミクロコスモス》(1930年代)などの一連の若者向けのピアノ作品集の系譜に位置付けられます。
この作品集は現代音楽の様々な要素や語法を子供たちに馴染ませることを意図して書かれましたが、シチェドリンはこの際、古い教会旋法や教会の鐘の音をはじめ、ロシア史や音楽史と関連するオーソドックスなテーマを取り入れました。
この曲集を習得することで、ソヴィエトの子供たちはロシアや西欧の様々な音楽の要素を学ぶことができました。
正教会の鐘の音は第11曲の《ロシアのトレズヴォン》において、非常にリアリスティックに模倣されています。左手の奏でる不協和音が力強いブラガヴェストニクをダイナミックに表現し、右手がそれに呼応する中・小の鐘を軽やかに奏でます。ピアノをゆったりと「打ち鳴らす」ことで、鐘楼の鐘の音に非常に近い音響がドラマチックに再現されます。この作品の特徴は、長く引き伸ばされる低音の残響や高音の鐘の緊張感を孕んだ響きなどが、非常に緻密に現実的に描き出されていることにあります。細部にまでこだわり、念入りに考案されたこれらの作品は、シチェドリンによる古来の音楽の再解釈であり、「過去の音楽家もしくは音楽との対話を図る」という独自の作曲姿勢から生み出されたものであると言っていいでしょう。

2)教会法規に記載されていない鐘とそれにまつわる音楽

これまで教会法規に基づく正規の鐘の奏法とそれに関連する音楽について述べましたが、教会法規に記されていない鐘の奏法がいくつかあります。その代表的なものとして「時報」と「警鐘」が挙げられます。いずれもロシアの民衆にとって身近な響きであり、これらの鐘の音に関連する音楽も書かれました。今回は「警鐘」についてお話しします。

◇ 警鐘(ナバト:Набат)について

鐘は世俗社会において警報(警鐘)としても用いられました。警鐘と一言で言っても、その意味や鳴らし方は様々です。戦争時の敵の襲来、火事、自然災害などを住民に告げるシグナルとして警鐘が打ち鳴らされました。いかなるときにどのように鐘が打たれたのか、詳細を把握することは困難ですが(時代、地域によって異なる場合もあります)、一般的に、ブラガヴェストニク(もしくはその他の鐘)を早めのテンポで強打し続けるのが警鐘の基本的な鳴らし方であったとされます。

1)ラフマニノフの作品における警鐘

ラフマニノフが1913年に作曲したOp. 35の第3曲は警鐘をテーマとする代表的な作品です。エドガー・アラン・ポーの詩「鐘」(バリモント訳)に基づくこの作品では、若き日(銀の鐘)、婚礼(金の鐘)、警鐘(真鍮の鐘)、弔い(鉄の鐘)をテーマに人生の4つの局面が描き出されます。
警鐘を描いた第3曲では、激しく、単調に打ち鳴らされるナバトの鐘の音が全編にわたって再現されます。
例えば、練習番号56からはホルン、ファゴットなどが同一音(C)を繰り返すことで「打ち鳴らされる大鐘」を表現し、同時にハープが恰も「小刻みに鳴らされる小鐘」を表すかのように八分音符の和音(DFAs)を反復します。これらに加えてトランペット、弦楽器(バイオリン、ビオラ)が3つの音を異なる音型で繰り返します。【譜例 1】

こうした警鐘の描写に重ねて、グレゴリオ聖歌《怒りの日》の旋律が、大火に恐怖する人々の心情を描きだすかのように断片的に呈示されます。
このように、この作品はオーケストラによる警鐘の再現と《怒りの日》の旋律による情景・心理描写を特徴とします。そのため「写実主義的な表現から乖離し、心情や観念を韻律などによって象徴的に表現するポーの原詩」とは相いれないものとして批判されました。
とは言え、合唱交響曲《鐘》はラフマニノフが生涯愛した鐘の音の多様な要素が統合された重要な作品であることに変わりはありません。人生の様々な局面、或いは、終焉へ向かう「人間の生」を鐘の描写と共に描いた本作品は、同時期に書かれたラフマニノフの他の作品にも影響を与えました。
ここでは、《ピアノ・ソナタ第2番》Op. 36に着目しましょう。1913年夏、ラフマニノフはモデスト・チャイコフスキー(ピョートル・チャイコフスキーの弟)の助言を受けて家族と共にローマに滞在し、そこで合唱交響曲《鐘》と《ピアノ・ソナタ第2番》の作曲に取り組みました。鐘の描写が多用されることは二つの作品に共通する特徴ですが、《ピアノ・ソナタ第2番》とポーの詩を主題とする《鐘》との間に明確な関連性はありません。
ラフマニノフはロシアに帰国後、《ピアノ・ソナタ第2番》を完成させ、12月にモスクワで初演を行いました。ラフマニノフは1931年にこの作品の改定を行い、ブージー・アンド・ホークス社より出版しました。
冒頭1小節目で「涙の旋律」(前回お話ししたペレボールと関連する旋律です)を思わせる急速な下行音型が示され、2小節目では3連符と6連符よりなる音型が連続的に提示されます。この音型は警鐘、もしくは、ある種のシグナルを想起させます。【譜例 2】

下行音型と同一音の連打の組み合わせは楽曲中に度々呈示され、楽曲全体に不安と緊張を与える役割を担っています。【譜例 3】

譜例1:
ラフマニノフ:合唱交響曲《鐘》第3曲「警鐘」より。オーケストラによる大々的な警鐘の再現は、一つの音を強調的に反復することで行われます。これはブラガヴェストニクを速いテンポで打ち鳴らす警鐘の音を音楽化したものであると考えられます。
譜例2:
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番(初版)より。冒頭の下行音型は弔いや悲しみの感情と結びつくペレボールの音型(涙の旋律)との関連(あるいはペレボールの音型の発展した形)を想起させます。2小節目では警鐘を思わせる音型が提示され、さらに左手が下行する旋律を奏でます。半音階的な下行音型が繰り返されることで、不安感と危機感に満ちたに雰囲気が作り出され、作品全体を厭世的、悲観的な色調の濃いものとしています。
譜例3:
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番(初版)より。陰鬱な下行音型が弱音で示される中で第2楽章が幕を閉じ、Allegro moltoではじまる第3楽章は第1楽章の冒頭と同様、フォルティッシモで幅広い音域を下行する音型と連続する同一音の組み合わせによって開始されます。

今回は警鐘との関連性の見られる音型を紹介するにとどめますので、《鐘》や《ピアノ・ソナタ第2番》の詳しい解説は行いませんが、ラフマニノフが実際の鐘の音から着想を得たと考えられる音型に着目するだけでも、作品全体の意味を探るための手掛かりを得られるのではないでしょうか。

2)ショスタコーヴィチの作品における警鐘
ショスタコーヴィチ《交響曲第11番》<1905年>Op. 103 第4楽章

ショスタコーヴィチの《交響曲第11番》は1957年に作曲され、同年に初演されました。
1905年という表題が示す通り、この作品は1905年の冬、ペテルブルグの宮殿前広場で起きた「血の日曜日事件」が題材となっています。当時流行した革命歌の旋律が主題として扱われていることから、極めて政治色の強い作品として位置づけられます。
1905年1月、貧窮を極めた労働者がペテルブルグに集結し、労働者の法的保護などを求めて、皇宮への請願行進を行った。政府当局は軍隊を動員。軍隊は武器を持たぬ労働者に向けて発砲し、1000名以上が銃弾に倒れたとされます。
この事件が発端となって、長年ロシア帝国の精神的支柱の役割を果たした「皇帝崇拝主義」が砕かれ、同時に、共産主義運動が過熱し、各地の都市で「ソヴィエト」が次々と結成されました。反政府的な国民感情が増大し、大規模な反政府運動へと展開していくことになります。
《交響曲第11番》において、ショスタコーヴィチはこうした歴史的経緯を極めて明確に描き出しています。第1楽章では事件勃発前の宮殿前広場の様子が表現され、第2楽章では窮状を訴える民衆の行進と軍隊による発砲、民衆の死が描かれます。犠牲者の死を悼む第3楽章に続き、第4楽章において民衆の怒りが高揚する様が刻々と描きだされます。
第4楽章では革命歌《圧政者らよ、激怒せよБеснуйтесь, тираны》と《ワルシャワ労働歌Варшавянка》の2つの旋律が主題として用いられ、民衆の怒りと増大するパワーが表現されます。最後にチャイム(チューブラーベル)が「警鐘」を発します。この鐘の音については、極度に危険の高まった首都の情勢を伝える警鐘とも、「帝政ロシアの死」を予告するシンボリックな音とも解釈可能です。喧騒の中で不屈に響き渡るこの音は必死に繰り返され、唐突に訪れる静寂のなかに不気味な余韻を残します。
この作品にはショスタコーヴィチ自身によって書かれたピアノ連弾版が存在します。このピアノ連弾版では、本来チュブラーベルによって行われる鐘の模倣は挿入されておらず、それを補ったうえで演奏される例も近年見られます。
演奏される際には、1905年という時代や警鐘の意味について一考されることをお勧めいたします。


ラフマニノフ《ピアノ・ソナタ第2番》Op.36(演奏:角野隼斗)
ラフマニノフ《ピアノ・ソナタ第2番》Op.36より、第1楽章(演奏:菅原望)

参考

参考文献