ピティナ調査・研究

第30回 小原 孝さん

わくわくポピュラーガイド
第30回目のゲストは、作詞・作曲・編曲などジャンルを問わず自由に音楽を操るマルチピアニストとして人気の、小原孝さんです!

顔写真
小原 孝さん(ピアニスト、ピアノ指導者 )
おばらたかし◎1986年国立音楽大学大学院を首席で修了、クロイツァー記念賞受賞。1990年CDデビュー以来「ねこふんじゃったスペシャル」「ピアノよ歌え!シリーズ」など40作以上のアルバムを発表。1999年よりNHK-FM「弾き語りフォーユー」パーソナリティー、現在も放送中の長寿番組となっている。2009年・2011年NHK-Eテレで「指一本からはじめる」超初心者向けレッスン番組の講師を担当、アイディア満載の指導法が話題になりテキストは15万部を超えるベストセラーになった。2013年には「ピアノレッスン、なう。」サントリーホール公演でピアノ教師役で役者として出演、活動の幅を広げている。2015年はCDデビュー25周年を迎え、5月10日(日)東京文化会館大ホールでデビュー25周年記念演奏会を予定。また、東日本大震災心の復興支援「逢えてよかったね友だちプロジェクト」は継続して取り組んでいる。 現在、尚美学園大学客員教授・国立音楽大学講師・川崎市市民文化大使・全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)評議員・日本著作権協会正会員・日本演奏連盟会員・日本ギロック協会名誉会員。作詞・作曲・編曲などジャンルを問わず自由に音楽を操るマルチピアニストとして活躍中。
<おもな作品>
CD:「弾き語りフォーユー~ランチでピアノ」シリーズ(キングレコード)
「小原孝のピアノ詩集」シリーズ(キングレコード)
CD付きテキスト:「小原孝の楽しいピアノ基礎レッスン」(PHP)
「小原孝の音感スーパーレッスン」(ナツメ社)
DVD付きテキスト:「指一本からはじめる小原孝の大人のピアノレッスン」(講談社)

意外な一面。
昨年「謎のピアノ教師役」で役者デビュー!
(音楽劇「ピアノレッスン、なう。」で使用した仮面です(^_-))

Interview
ピアノに向いてない?~大学院首席までの道のり

お久しぶりです。以前お越しいただいたのが7年前ですので、改めまして簡単に音楽歴を教えていただけますか?

音楽を始めたキッカケは、父がギター教室をやっていたので、自然にいろいろなことを覚えたみたいです。幼少の頃は、その音楽教室に、あまり上手でない生徒さんが来るとすっごく泣いて、上手な生徒さんが来るととってもご機嫌だったとか(笑)。楽譜も知らないうちに読めるようになっていて、町の音楽教室でオルガンを習い始めたら、何でもすぐ弾けてしまう。だから逆に宿題がキライで、家では練習せずに先生のところで1回弾いてマルをもらう、というのを続けてましたね。その後ピアノに転向した際、困ったことに、左の薬指が曲がったままということが判明したんです。おそらく0歳頃に突き指したのが原因かと思いますが、「その指では無理だから」と言われて、その後は殆どレッスンは受けてない状態でした。

そこで、なぜ音中に行こうと思われたのですか?

中学受験の頃、ピアノは習ってなかったのですが、受験校の願書を取りに行ったときに、フラっと近くの国立(くにたち)音中に寄ってみたんです。そうしたら、すごく親切に校内中を案内してくれて、授業参観もさせてくれて・・・しかも女の子ばっかりだし(笑)こっちの方がいいかも、と思い、第一志望と受験日もずれていたので受けてみたら、音中の方に受かってしまったんです。

そのときはピアノをやってなかったわけですから、入ってから大変だったのでは?

ええ。中1の最初のレッスンでは、先生に「じゃあスケール弾いてごらんなさい」と言われても、「スケールって何すかぁ?」って調子で、バッハの意味するところもわからない。指は曲がってるわ、ピアノは弾けないわ(笑)で、先生には「あなた何のために音中に入ったの!大学はピアノ科絶対に無理だから、他のことを考えてね」と釘をさされる始末でした。

それが、大学院を首席で卒業されたわけですから、相当な努力をされたのでしょうね。

自分でもびっくりですね。ただ、プロフィールだけ見るとエリートコースに思うかもしれませんが、実は限りなく灰色に近くて、大学入る際と、大学院に入る際にひとつずつダブっているんですよ。だから最後の最後で首席で卒業できるとは夢にも思わず、超ラッキーでした。本当に過程は大変でしたが、先生も見捨てずに、良いところを伸ばしてくださったのには感謝しています。

大学院の頃はどんなものを弾いてらしたのですか?

その頃はメシアンに傾倒してました。ただ、卒業してからすぐ、由紀さおりさんの童謡コンサートの伴奏をすることになりましたが、大学院で学んだ技術が全く役に立たちませんでしたね。すごく簡単な伴奏をいかに美しく音楽的に響かせるか、というのは全然別の技術が必要だったのです。ここが、僕の歌伴奏の原点です。

歌詞を大事にしたアレンジ

歌の伴奏は、ピアノで「歌って弾く」ということにも通じますよね?

そうですね。「メロディーを音楽的に自由に歌う」ためには、メロディーだけ歌っていてはだめで、それを支えている伴奏も歌えているか、ということが大事なんです。メロディー以外の音もどれだけ歌えているか、ということですね。
コツは、手首のちょっとした呼吸感、といっても大袈裟に上げるんじゃなくて、このくらい(文章じゃわからないよね・・笑)わからないくらい抜くといいんです。手首が固いままだと呼吸ができないですからね。
もちろん息の呼吸も大事ですよ。よく「息を止めてました?」っていう方もいますからね(笑)。

小原さんのアレンジは、日本語の歌詞を大事にされたものが多いように思いますが。

日本歌曲コンクールでも共演者賞と中田喜直賞をいただいたり、自分でもそれがきっかけで作曲するようになったので、日本の歌には昔から特別な思いがありますね。
今回Newアルバム「小原孝のピアノ艶歌」を、大真面目に(笑)キングレコードの演歌部門から出すのですが、昭和の演歌をピアノソロにした新シリーズで、やはり原曲のイメージ、歌詞を大事にアレンジしました。「雨の慕情」「人生いろいろ」「悲しい酒」など、ちょっとした仕掛けもあるので、そのあたりもお楽しみに!

既刊の「日本のうた・民謡編(CD付)」もずっと愛用していますが、同じ曲の「ピアノソロ」と「歌伴奏」の2種類のアレンジが掲載してあり、力作ですね。各地の伝承も違うでしょうし、作業が大変だったのでは?

いろいろ細かく調べて、それを元に、ピアノソロとして演奏効果が上がるようにアレンジし直しました。歌伴奏アレンジの方は、皆さんが一番歌いやすいキーにしてあります。1番~2番~3番とある曲は、ちょっとずつ伴奏も変えているんですよ。

あとは、自分で弾くときは、日本の歌の場合、ます縦書きの歌詞を用意します。
歌詞の内容を理解して、それを懐かしく思い出すような感情をもって弾くこと、「歌をどう伝えたいのか」ということが大事ですから。なので、アレンジのノウハウを知ったからといって、どの曲も同じ手法で弾く(書く)のではなく、ますは元の曲をよく知ってからアレンジすることが重要だと思っています。

例えばこの「荒城の月」ですが、1901年に滝廉太郎が作曲したときには、無伴奏、4分の4拍子、8分音符主体で書かれています。その後山田耕作がアレンジしたものは、譜割りも音も原作とは違っていますが、これが教科書に載ったこともあり普及し、元曲を知らない人も多いわけです。

なるほど。奥が深いですね。丁度この本からステップ課題曲も入ってますので、ここでアドバイスをお願いします。

 
課題曲アドバイス
「八木節」(発展4)

最初にメゾフォルテの指示がありますが、全体はあまり大きすぎず、アクセントのついてる音を目立たせてキメましょう。重音は、上の音と下の音のタッチを変えて、外側の音をしっかり出します。ユニゾンで動くところも、右と左を同じタッチや音量で弾かないように。 では、実際に弾いてみますね。

「ねこふんじゃったパラダイス(カリプソ)(4手)」(基礎5)

手の交差は上からでも下からでも構いません。いつも同じ形ではなく、身体の位置を奥や前などと少し工夫するだけで、大分弾きやすくなります。そもそも連弾って、くっついて弾くために書かれているんです。それがきっかけで恋が芽生える?なんてヨコシマな考えも入ってるかもしれないし(笑)どう密接に二人のタイミングをとるかがポイントとなりますね。
どうやったら「ねこ」っぽくなるか(笑)も、動画で説明してみます。

息長い活動のヒケツ

ありがとうございました。NHK-FM「弾き語りフォーユー」もいつも拝聴していますが、様々なご活動を息長く継続されているのは素晴らしいですね。

ありがとうございます。作品や演奏活動に関しては、その場で売れるということより、「長く残るもの、伝えていけるものを作ろう」というポリシーで活動しています。そういう意味ではクラシックに近いかもしれませんが、僕のアルバムは20年前のものも残っていて、殆ど廃盤になっていないんですよ。

それはすごい!チャリティー活動も、1997年の7月からスタートされてますが、こちらも長いですね。

チャリティーに関しては「できることをやろう」「無理はしない」というスタンスですね。東日本大震災直後は、最初の半年くらいは支援金を集めるためのコンサートをたくさんやりましたが、その後は「音楽自体で何か伝えられないか」という方向にシフトチェンジしていくことによって、続いているわけです。楽器支援要請は、今また増え始めているんですよ。

一時、寄付された楽器が滞っているとの情報もありましたが?

確かにそういうこともありました。現在は、大きな会場には行き渡っているのですが、僕がお手伝いしているのはもっと小さな個人の教室などで、そういうところにはまだまだこれからなんです。「逢えてよかったね友だちプロジェクト」を継続していているお陰で、楽器を贈った子たちと会えたり、実際にどう使われているかもわかるのはうれしいことですね。

来年5月10日(日)のCDデビュー25周年記念演奏会でも、「逢えてよかったね」を合唱されると聞きましたが・・・

その予定です。2013年サントリーホールでは、東北から合唱団をご招待して、支援した人と支援された人が向かい合ってこの曲を歌ったんですが、来年5月の東京文化会館大ホールでは、第3部に客席全員で、オ―ケストラの伴奏で歌う予定です。
その他、第1部はピアノソロ&ギターの押尾コータローさんとのコラボ、第2部はモーツァルトのコンチェルトとガーシュインの『ラプソディー・イン・ブルー』を、生のオーケストラと演奏する予定です。

それはすごく充実した内容で、大変楽しみですね。 ピティナでは、2015/1/9(金)アレンジワークショップや4/26(日)ピアノ指導セミナーの講師もお務めいただきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
今後も益々のご活躍をお祈りしております。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

調査・研究へのご支援