インタビュー第13回:田中カレンさん 「聴き手に感動を与えられる作品を」
こどものためのピアノ曲集「星のどうぶつたち」等でピティナでもお馴染みの作曲家・田中カレンさん。その透き通った美しい音楽は、国内外の多くのピアニストに愛され、演奏されています。パリご留学後、アメリカの大学で教鞭を取られ、現在はカリフォルニアにご在住の田中さん。こどものための作品や、パリ時代のお話、またご自身の作風などについて、先月の一時ご帰国中に伺わせていただくことができました!
私が田中さんの作品を知ったのは、フランスの現代音楽ピアノコンクールで、ロシア人ピアニストが弾いた「クリスタリーヌ」を聴いたときでした。透明感溢れる美しい作品だな、と感動したのを覚えています。その後、こどものための作品「星のどうぶつたち」や「光のこどもたち」も知るようになったのですが、これらはあの仲道郁代さんもCDを出されるなど、とても人気のある作品ですね。
田中さん:「星のどうぶつたち」は、1995年にカワイ出版からの委嘱作品として書きました。今では、おかげさまで30刷以上再版されています。分かりやすいメロディーのある作品なのですが、私はこの曲集を通じて、作品がより多くの方々に演奏されるという、新たな経験をすることができました。
田中さんが、その中枢にいらしたいわゆる現代音楽の世界ですと、作品が再演されるということ自体、貴重なものですものね。
田中さん:そうですね、いわゆる現代音楽ですと、演奏家と聴衆の層が限られてきますが、「星の動物たち」やその後の「光の子どもたち」は、数多くの方々が演奏して下さり、幅広い聴衆の方々に喜んでいただけて大変嬉しく思っています。
子どものための作品を書かれたのは、初めてでいらしたのですか。
田中さん:ええ。ただ恩師の三善晃先生は、「一筆書きのように短い作品をたくさん書くといいね」と、昔からレッスンでおっしゃって、ようやく先生のアドバイスを実現できたかなという思いはあります。
現代音楽の作曲と、何か違いましたか。
田中さん:現代音楽の作曲は、次に来るべき音を選ぶのに、かなりの時間をかけて厳選することが多いのですが、こどものための作品は、湧き出たものを書き取る、といった本当に一筆書きのような楽しい作業でした。
こどものための作品について、田中さんは公開講座もよく持たれていますね。そこでは、どのようなアドヴァイスをされているのですか。
田中さん:微妙なタッチの違いによる音色の作り方、呼吸の仕方とフレーズの作り方、エネルギーの方向性、そしてハーモニーが変化したときの色合いの変化、ペダルの使い方などですね。譜面をただ弾くのではなく、一つ一つの音のニュアンスを感じて、曲のイメージをふくらませて音楽を作ってほしいと思います。
なるほど!
田中さん:講座にいらっしゃる先生方から、「感性を育てるには、どうしたらよいですか」という質問をよく受けるのですが、私自身が思うのは、まずきれいな素敵な音で演奏することを第一優先にする、ということ。「あの人よく指が回るわね」ではなく、「あの人の音は本当にきれいね」、という方が大事だと思います。
音の良し悪しは、演奏の魂、とも言えますものね...。
田中さん:自分の出した音を客観的によく聴いているか、ということも重要ですね。作曲をしていると、作っている自分とそれが演奏されるのを聴く自分と、いつも二重の自分がいます。同じように、演奏をするときも、演奏している自分と聴いている自分と二人必要なのではと思います。
確かに、弾いているとついつい聴くことを忘れてしまいがちですよね。幼い頃から、そのような姿勢を育てていくことが大事ですね。作品自体が美しい田中さんの作品は、その点でとても良い教材だと思います。
ところで田中さんは、80年代後半のパリご留学当時は、世界的な現代音楽作曲コンクールでも優勝されるなど、いわゆる現代音楽の中枢にいらっしゃいましたね。
田中さん:日本で「現代音楽」と言われているものは、欧米では「ヨーロピアン・モダニズム」と言われるものだと思うのですが、確かに当時は、恩師トリスタン・ミュライユからスペクトラル音楽、ルチアーノ・ベリオからヨーロピアン・モダニズムの影響を大きく受けていました。ですが、96年の「ソロモンの雅歌」という作品頃から、どちらかと言えば「協和的」(Consonant)な音楽へ、そしてより「ミニマル」的な音楽へと方向性が変わってきたように思います。
私が1月のリサイタルで演奏させていただいたピアノ曲「テクノ・エチュード」(ライブ動画はコチラ)は、テクノ・ミュージックに近い、まさに「ミニマル」的な反復音楽ですよね。「ヨーロピアン・モダニズム」に違和感を感じられて、作風を変えられたのですか。
田中さん:パリでは、当時も現在もブーレーズの影響が絶大です。私が留学した頃のブーレーズの作品は、様々なスタイルを経て、ハーモニーの磁場の中を音が反復するような、当時のベリオと共通するスタイルでした。構造と音響の美を極めた美しい音楽ですが、純粋に美として完結していて、外の社会とは接点を持たないという感じがありました。
外の社会との接点 、ですか。
田中さん:音楽は、やはり時代の中から出てくるものです。時代の風潮や背景、その時代の他の芸術分野やメディアなど...。1945年以降に出てきた「ヨーロピアン・モダニズム」は、戦争の影響に端を発する音楽だったわけで...。パリでは私も、その歴史的背景をひしひしと感じながら生活をしていましたが、その歴史の重みから出てきた音楽を、歴史を経験していない自分がしようとすれば、それは真実ではないという思いがありました。それならば、今自分が生きている時代から出てくるものを作らないと、という...。
なるほど!
田中さん:パリでは、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)にいたこともあり、90年代前半に電子メールやインターネットに接し、時代が急速に変化していることを実感しました。また、クラシック、ジャズ、ロック、ポップ、ワールド・ミュージック等、ジャンルを超えて様々な音楽を聴き、映画が好きで、その影響も大きいと思います。最近のアメリカの映画音楽は、さりげないハーモニーの変化とメロディーがテキスチャーの中に織り込まれて、平行移動や反復するようなものが多いですね。
いわゆる、「ミニマル」的な音楽への変化、でしょうか。私も、短いフレーズを反復しながら微妙な変化を紡いでいく、「ミニマル・ミュージック」は大好きです。「ヨーロピアン・モダニズム」の行き詰まりを打破するような形で現代音楽の世界に登場したのが「ミニマル・ミュージック」、と私は理解していますが、どことなく調性感のある美しい音楽で、一般の人にも人気がありますね。その意味では、「ミニマル」を通じて現代音楽も大衆化し、反対に映画等の大衆音楽も「ミニマル」化して現代音楽に近づいている...。「ミニマル」には、多くの人に開かれた可能性があるように思います。
田中さん:「ミニマル」音楽の反復は、バロックや古典、最近ではヒップホップにも共通するのかも知れませんね。リズムやパルスの反復は、基本的に人間にとって心地の良いものなのでしょうか。
最後に、世界で活躍していらっしゃる田中さんからご覧になって、日本の音楽界はどのように映りますか。
田中さん:日本は音楽教育を早くから始めますよね。合唱曲や吹奏楽など学生コンクールも多いですし、学校に日本のような音楽の授業がないフランスやアメリカに比べて、音楽の裾野が広く底辺のレベルが高い素晴らしいシステムがあるように思います。ただ、とてつもないトップがそこから生まれるとは限らない。
良い音楽文化が育つ環境はあるけれども、世界に出たときに上には上がいる、ということですね...。
田中さん:特にアメリカの場合は、海外から人が集まってきているので、競争が激しくなる環境はあると思います。
田中さんご自身は、アメリカでトップになりたい、という野望はございますか(笑)?
田中さん:ビジネスマンではないので、トップといった具体的な野望はありません。ただ、音楽家として良い仕事をしていきたい、という希望はありますね。
私自身も、今生きているこの社会の中で、音楽を通していかに多くの人に喜んでいただけるか、ということが、最近目標になりつつあります。
田中さん:そうですね。やはり、聴き手に感動を与えられる演奏や作品こそが、成功ではないでしょうか。そうした音楽を創造できるよう、感性を研ぎすませて、豊な心をもって日々生きていきたいと思います。
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いわゆる現代音楽の中枢から、より開かれた音楽へと向かわれる田中カレンさん。確かな作曲技術の上に、時代の空気を読み取る柔軟なアンテナを持ち合わせていらっしゃるからこそ、多くの人に愛される自然体で美しい音楽が生まれるのだな、と感じました。現代音楽という世界の中で孤立するのではない新しい作曲家の在り方を、教えていただいた気がします。