ピティナ調査・研究

インタビュー:第11回 木下牧子先生

ピアノ曲 MADE IN JAPAN

木下牧子先生は、特に合唱曲や吹奏楽などの分野で大人気の作曲家でいらっしゃいます。音が薫ってくるような美しいハーモニー、思わず口ずさんでしまうような心に残る音楽...。その木下先生がピティナに入会され、今後はピアノ曲の分野でも精力的に作曲されるご予定、との嬉しいニュースを受け、緑豊かな吉祥寺のご自宅まで、早速お話を伺いに参りました。ピアノ科から作曲科へのご転向や、作曲上のこだわり、そして今後の作曲活動についてなど、ウィットに富んだ楽しい先生のお話を、存分にお楽しみください!

ピアノ科から作曲科へ

先生は大人気の作曲家でいらっしゃいますが、高校はピアノ科でいらしたのですね!

木下先生:都立芸術高校卒業までピアノ科でした。初見が得意だったこともあり、古典から近現代まで、当時はあらゆる曲を弾いていました。ただ、どんな曲でもすぐに弾けてしまう分、じっくり表現を深めるのが苦手でしたね。ピアノの先生は「気持ちを込めて」としかおっしゃらないし「どうやったら気持ちを込めて聞こえるのか具体的に教えてほしい」と思ったりしました。

確かに、気持ちを込める技術、というのはありますよね。ただ教える側としては、それを言葉で説明するのが難しい...。

木下先生:先生の演奏をコピーすればその曲は上手になるけれど、応用力がつかないので、万一先生が亡くなったらおしまいみたいな...。

ピアノ教師としては耳の痛いお話です(笑)。

木下先生:よく「楽譜に忠実に!」っていうけれど...もちろんそれは大切なんだけど、楽譜の情報って実はとても限られるんです。音と速度と強弱くらいしか書き込めない。だから楽譜に忠実なだけでは四角四面なソルフェージュにしかならないわけですよ。実際演奏するとき大切な「フレーズをどう作るか」とか「テンションをどう引き上げていくか」とか「音色をどう変化させるか」とかは、楽譜から推理していくしかないんです。だから子供のころから指のトレーニングと同じように、楽譜から表情をつかみ取るトレーニングもさせるべきだと思うんです。構成のつかみ方、響きのバランスの取り方、フレーズのまとめ方、何でもいいからヒントをたくさん与えてあげてほしい。生徒が自分の視点を持てるように、あくまで答えでなく考え方のヒントを。

確かにそうですね...。ところで先生がその後、作曲科に転向されたごきっかけは?先生のHPには、「文化祭でミュージカルの音楽を作ったりする中で、西洋の名曲だけでなく、自分の曲を弾きたいという思いが募って」と書かれていらっしゃいますが...。

木下先生:高校では作曲に目覚めるきっかけがたくさんありました。特に、モーツァルトのコンチェルトのカデンツを書く宿題が出て、それを仕上げていったら指導教官が絶賛してくださったことがあって...。人前で褒められることって滅多にないので、すごい自信になりました。

そして猛勉強をされて、なんと一浪で芸大作曲科へ!

木下先生:毎日図書館に行って、目覚まし時計を机に置き、時間内でフーガ形式やソナタ形式の曲を作曲する、という訓練をしていました。当時芸大作曲科の入試は、ピアノを使わず6時間でソナタ形式の曲を書く、といった試験だったので。それはゲームとして考えると案外面白かったですね。ただ、高校生の頃あらゆる曲を弾いていましたので、自由な近代和声と厳格な入試和声の間に隔たりがあることは分かっていました。入試は入試として、割り切ってやっていたところがありました。それで受験勉強の合間に、やなせたかしさんの詩に曲つけて楽しんだりしていました。

「前衛の地平」一辺倒は、なにか違う!

大学に入学されてからは、まずオーケストラ曲をたくさん書かれたのですね。

木下先生:もともとピアノ科でしたから、一番スムーズに移行できたのがオーケストラ曲でした。ピアノという楽器は小さなオーケストラですから!芸大3年生のときに、ピアノコンチェルトを書いて、文化祭で発表したのが初めてでしたね。

そして大学ご卒業時には、オケ曲で首席になられました!

木下先生:そうですね。今もオーケストラが大好きですが、大学在学中から30歳位までは特にオケばかり書いていました。全部で7曲正式初演されています。日本音楽コンクールや交響楽振興財団作曲賞などで賞をいただきましたが、その辺りからスランプになりまして...。

スランプとおっしゃいますと?

木下先生:オーケストラは他の編成と違って、自主的に発表したくても非常にお金がかかるので、どうしてもコンクールを目標にせざるを得ないんです。でもコンクールでは「美しい響き」は評価してもらえないから、どうしても派手なエフェクトや新しい技法にばかり目がいくようになり、だんだん自分の方向性を見失っていきました。コンクール以外でも、当時は「前衛の地平を目指さない音楽は意味がない」なんていっている評論家が多かったですから。

なるほど...。

でもこの20年くらいで現代音楽の流れは随分変わりました。いまやコンピュータに数式を入力して自動演奏させるような音楽から、かなりエンタテインメント色豊かな作品まで何でもありの混沌状態に突入しています。良い傾向です(笑)。
 私が思うに、21世紀にもなって、コンサートホールでオーケストラを使って「前衛の地平」もないと思うんです。「実験音楽派」の皆さんは最新コンピュータ完備のスタジオで作曲すればいいし、私のように演奏して聴いて楽しめる音楽をめざす作曲家にそろそろコンサートホールを明け渡していただきたい!(笑)

カレーの匂いとソナチネと

その後、先生は合唱曲の分野でご活躍されることになります。

木下先生:ひょんなことから委嘱を受けて書いた混声合唱組曲「方舟」が、大学生の間で大ヒットしまして。その後考える暇がないほど合唱作品の委嘱が来るようになりました。ちょうど、オーケストラ作品で迷路に入ってしまっていたので、合唱作品を書きながら自分の本当に求めるものは何なのかゆっくり考えてみようと思いました。あまりに居心地がよかったのでゆっくりしすぎましたが。

先生の合唱曲は、何とも言えず美しいです。私の周りにも、大学では無調の曲を書いていたけれど、本当は綺麗な曲を書きたくて、という作曲家がいっぱいいます。

木下先生:私の場合、器楽は無調の作品がほとんどなんですが、合唱や歌曲などの声楽系の作品では旋法的な美しいメロディを持った作品がたくさんあります。でも無調であれ旋法や調性の曲であれスタンスは同じで、私ならではの「響き」に徹底的にこだわります。個性的に、でも美しく聴こえるための仕掛けをたくさん施しているんです。一瞬の響きのためにも推敲に推敲を重ねるので、とにかく一曲書くのに時間がかかります。楽に書いているように見えるかもしれませんが、今の時代に「響きの美しさ」で勝負するのは、ある意味命がけ(笑)。

そうでいらっしゃるんですね...。ところで先生は大学時代、黛敏郎さんなど、日本的なアイデンティティを重視するような作曲家にも師事されていましたね。今現在、木下先生の中では、'日本の作曲家として'とか、'西洋の作曲家とは違うことを'といった意識はございますか。

木下先生:作曲家であれば、誰もが苦しむ点ですね。明治維新で、音楽取調掛が邦楽を教育から取り除いてしまったことを、やっぱり恨みますね。日本の作曲家は、みんなそこである意味アイデンティティをなくしているのです。邦楽の歴史は100年前に断ち切られてしまって、クラシック音楽の歴史は100年前から唐突に始まったわけで、どちらも本流とはいえない...。

なるほど...。

木下先生:私が子どもだった頃は、夕方町を歩いていると、どこからかカレーの匂いがして、それと一緒にどこかでピアノを練習する音が聞こえてくる、というのが原体験なわけです。つまり私の耳に最初に入ってきたのは、邦楽ではなくて《人形の夢と目覚め》とか《エリーゼのために》とか、それからモーツァルトやらクレメンティのソナチネやらで。それに歌謡曲、ポップス、ジャズやそれらのクロスオーバー、民族音楽...邦楽も入るわけですけど、あらゆる音楽が混ざり合ってごっちゃになっている。この混沌こそ日本の音楽の実態だと思うんです。
 そういう一般的な環境に生まれ育った、ごく普通の日本人の私が心から書いた曲が、日本の曲でなくて何なのか!と言いたい(笑)。外国に出ると「日本とは何か」ということを考えますが、外国人の目から見た「わかりやすい日本像」を演じるのは違うと思うんですよね。本当の音楽は内から出てくるものだと思うんです。だから将来、本当に必然を感じたときには、日本的な題材とか邦楽器も使うかもしれません。

愛される日本の現代音楽を

これまで、オケ曲や合唱曲、吹奏楽を中心に作曲されてきた木下先生ですが、今後は、いよいよピアノ曲にも本格的に取り組まれるとのこと!

木下先生:そうですね、合唱や吹奏楽といった目立つ分野のほかに、この10年はいろんな編成の室内楽や歌曲にも重点をおいて作曲していて、出版やCDリリースもたくさんおこなってきました。それで来年からようやくピアノに戻る予定です。ピアノ科出身だから安易にピアノ曲ばかり書くことになってはまずいと、意図的に遠ざかってきたのですが、今はピアノという素晴らしい楽器で充実した作品を書きたいという思いがどんどん強くなっています。来年以降は、ピアノソロや連弾曲集を徐々に出版していく予定ですし、これまでの作品《9つのプレリュード》《夢の回路》を収録したCDや、新曲を含む連弾曲のCDも、レコーディング予定です。

先生が書かれるピアノ曲ですから、やはり弾く喜びの大きい作品になるのでしょうか?

木下先生:何度演奏しても色あせない「本物の音楽」を目指したいですね。日本にクラシック系の音楽が本当に根付くというのは、スタンダードなクラシック名曲とともに、邦人作品が自然に演奏され聴かれ愛され長く残っていくことだと思うんです。そういう作品が書けたら嬉しいですね。そういえばピティナのコンクールのシステムは、子供のころから自然に邦人作品に接するようになっていますよね。あれは素晴らしいことだと思います。
 今後の予定としては、来年をピアノ・イヤー、再来年をオーケストラ復帰イヤーにするつもりです。ピティナの皆さんにもぜひ私の作品を聴いていただけたら嬉しいです。

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大笑いさせていただきつつも、とても大事なことをたくさん学ばせていただいたインタビューでした。現代に生きる日本人作曲家として、正直に、そして真摯に、作品を生み出していらした木下先生。周りに媚びることなく、常にご自分を見つめる中から道を切り開いていらしたその姿勢には、颯爽とした格好良さがあります。聴いても弾いても楽しめる「本物の音楽」を、これからはピアノにもたくさん書いてくださるご予定とのこと、みなさん、乞うご期待です!