インタビュー:第2回 中井正子先生
日本で唯一の現代音楽演奏コンクール「競楽」(日本現代音楽協会+朝日新聞社主催)。1945年以降の現代作品のみを課題とするこのコンクールは、楽器編成も選曲も自由という「無差別級のコンクール」として高い水準を誇ってきました。本連載「ピアノ曲MADE IN JAPAN」でも扱う現代の音楽は、特にピアノなどクラシックレパートリーを多く持つ楽器では敬遠されがちな分野で、コンクールに出るほど熱心に取り組むのは一部の邪道好き(私もその端くれですが)、というイメージがあります。ですが、今年はなんと小学6年生が出場、入選まで果たすという大事件が!クラシック本道まっただ中にいるはずの小学生が、なぜ現代音楽の場に...謎に迫るべく、指導された中井正子先生にお話を伺いました。
ピティナ・ピアノ指導セミナーでもお馴染みの中井先生は、東京芸大附属高校在学中にパリに留学、パリ音楽院を首席で卒業された後、国際コンクールでも数々の賞を受賞されたピアニストでいらっしゃいます。現在は、桐朋学園大学、東京藝術大学にて講師を務められると共に、小学生から高校生までの優秀なお弟子さんを育てられています。今回の「競楽VII」では、2人のお弟子さん(小学6年生奥田ななみさん=聴衆賞受賞、高校3年生見崎清水さん=第3位)を入賞させられました。
小学6年生が現代音楽コンクールに出場されると知って、私はとても驚いたのですが...。
中井先生:いえ、でも特別なことをしたのではなく、ピアノの勉強の延長線上で現代作品に取り組み、コンクールにも挑戦しただけなんです。
ピアノの勉強の延長線上でということは、例えばバッハやモーツァルトの次にショパン、ドビュッシーとレベルが上がっていくその延長線上で、現代曲も与えられるということですか。
中井先生:そうです。ドビュッシーやラヴェルの延長線上で、メシアンやブーレーズもやりましょうか、というだけのことです。私が留学していたパリ音楽院では、クラシックと同時に現代曲も学んでいました。もちろんクラシックのウェイトの方が高かったですが、現代曲を全く弾いたことがないという人はいませんでした。同じように今回のコンクールへの出場も、特別に現代曲ばかりを弾かせているからではなく、普段の勉強の延長線上でのことだったんです。
中井先生:ただ現代曲を弾くには、ソルフェージュの基礎がしっかりしている必要があります。
ソルフェージュというのは、"楽譜を読む力"ということですか。
中井先生:そうですね。楽譜を読むというのは、頭だけではなく感覚的なもの。例えばそのリズムを演奏するのに、どう演奏するかという感覚が大事なわけです。感覚的なことは、ほら料理の世界も同じで、小さい頃から訓練していないと身に付きにくいですね。
特にフランスでは、ソルフェージュ教育がとても発達していますね。
中井先生:ピアノの勉強だけではなくソルフェージュも別個に勉強する。小さい頃からの教育の中でその二つをしっかりやっていれば、複雑な譜面の現代曲でも自然に弾けるというわけです。現代曲にも色々なものがありますが、五線譜上に「書かれている」ものならば、クラシックと同じように演奏できるはずですね。フランスではみんなやっていることなんです。
日本では、ピアノ曲レパートリーの中で新しい作品といえば、ドビュッシーやラヴェル、スクリャービンやプロコフィエフなど1900年代前半までに止まっていて、それ以降の現代曲はほとんど知られていない気がします。現代曲でこそ味わえる魅力は、何かございますか。
中井先生:現代曲はその時代に生きる作曲家が作ったものですから、同じ時代に生きる子どもたちにとっても、本来は感覚的に一番入りやすいものではないでしょうか。
確かに、小学6年生の奥田さんがコンクールで演奏された八村義夫作曲『彼岸花の幻想』は、拍子もなければ小節線もないいわゆる現代曲ですが、それでも自分の音楽として弾いていらっしゃいましたね。またやはり奥田さんが弾かれたブーレーズ作曲『12のノタシオン』も、ソルフェージュ的に非常に複雑な音楽ですが、とても自然に弾きこなしていらっしゃいました。
中井先生:八村作品については、本人が乗っていたこともあり本番でも自由に楽しんで弾いていましたね。「あぁ、好きなんだなぁ」と思って(笑)。反対にブーレーズ作品は、自由に弾ける八村作品と違ってきわめて正確なソルフェージュ能力が必要とされるので、彼女にとってとても良い勉強になったと思います。
奥田さんは、そういう作品に出会えたことで、きっとピアノがまたひとつ楽しくなったのでしょうね。
中井先生:そうですね。実は私も、本当にここ2,3年のことですが、現代曲が楽しくなってきたんです...。若い頃はモーツァルトでもショパンでも何でも新鮮でしたが、年齢を重ねると、曲が違っても例えばシューマンはシューマン、ドビュッシーはドビュッシーの味がする。もちろんそれはそれで素晴らしいことですが、どこかで欲求不満になっていたのでしょう。そこにポンと現代曲が入ることですごく満たされる...。
中井先生のピアニストとしての懐の深さを感じます...。
中井先生:いえでもね、これほど喜びを感じることができるのであれば、生徒たちにももう少し弾かせてみようかなと。少なくとも、将来現代曲を弾きたいと思った時に弾けるだけの感覚は、小さい頃から身に付けさせてあげたいと思っています。やりたいと思ってもできないのは、本当にかわいそうですから。
もちろんクラシックも
中井先生:特に奥田さんは現代曲が好きですから、味を占めてまたやりたがるに違いありません。
そういう子が大勢出てくれば、現代作品も自然に広まるでしょうね。
中井先生:そうですね。でもコンクールが終わったとたん、彼女には「はい、明日からモーツァルトね」と言ったんですよ。クラシックをしっかり勉強していないと現代曲もしっかり弾けませんから。そしたら彼女、「モーツァルトの方が難しい~」って!普通反対ですけどね(笑)。
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中井先生の朗らかな笑い声とともに終了したインタビュー。パリ音楽院の教育を受け継がれ、現代曲を交えたピアノ教育を当然のこととして実践されているお姿からは、ヨーロッパのピアノ教育の伝統、そしてそれをご自身のものとされている先生の懐の深さを感じました。ソルフェージュやクラシックのしっかりした基礎力の上で、現代曲も楽しんでいらっしゃる中井先生とそのお弟子さん。「現代曲に新鮮さを感じる」ピアノの先生や、「八村義夫の曲が好き」な生徒さんが少しずつでも増えていくことを願って...、今後の連載でもたくさんの「ピアノ曲MADE IN JAPAN」をご紹介したいと思っています。