Category XXIII「涙 Tears」
この時代のピアノ曲に見られる「涙」は日本人が考えるウェットなイメージとはかなりの差がある。そこに同情、憐れみを求める心情はなく、品位と節度を失われない。意外にもこのタイトルからは、作曲者の基本的な人間性、センスが明らかとなるが、そうした作品は今日まで伝えられることがなかった。
20代で二年間のエジプト滞留を経験したフランス人フェリシアン・ダヴィッド(1810-1876)は本格的なオリエンタリズムを最初に実践した作曲家となった。メインはオペラを含む声楽曲だが、ピアノ曲も断続的に書かれ、「6つの交響的エスキース」(1856)の第3曲が「涙と諦め」と題される。ル・クペーに献呈。生涯と通じて、Op.番号を持たない作曲家だった。
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/5/19)
ビゼーやドビュッシーの師として知られるパリ音楽院ピアノ科教授、アントワーヌ・マルモンテル(1816-1898)が残したピアノ曲は180点を超える。大部分は教材としての見地から書かれていると同時に、表現性以上に美しいピアニズムを堪能する性格が強い。こうした趣旨の作品に対して芸術性や独創性を云々すること自体が見当外れであろう。ここにはフランスのピアノ音楽における最上のエッセンスがある。
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/5/19)
サン・サーンスに先立つフランス・オルガン史の巨匠、ルイ・ジャム・アルフレド・ルフェビュル=ヴェリー(1817-1869)。その200点を超える作品の大半はピアノ曲である。オルガニストの書くピアノ曲は当然の事ながらオルガン風である。即ち、打鍵を感じさせない柔らかいタッチ、よく延びる音感を特徴とする。メランコリックで品位を失わない無言歌「心の涙」に、この作曲家の素顔がのぞく。
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/5/19)
南仏ボルドー出身のアンリ・ラヴィーナ(1818-1906)の音楽は、南国の太陽のように磊落で陽気な歌に満ちている。約120点のピアノ曲がその総てとなっていて、その調子はイタリアよりもスペインに近い。「愛の涙」は滴る涙を表わすオスティナートに始まり、半音階的な嘆きの歌は激高した後、清明な諦観のうちに溶解していく。
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/5/19)