ピティナ調査・研究

Category XVIII「変奏曲 Variations」

Category XVIII「変奏曲 Variations」

メンデルスゾーンが「厳格な変奏曲」Op.54において、敢えて「厳格」(Sérieuses)と断ったのは、「そうではない」変奏曲が19世紀前半の主流だったことによる。それらの多くは流行オペラの主題による「幻想曲」と同列の内容で、若きピアニスト・コンポーザーたちが自らの力量をアピールする上で必須の演目でさえあった。これらは元来が即興演奏であり、当時のコンザート最大の呼び物となっていた。即ち、衆知のメロディをいかに扱い、料理していくか、に聴衆の関心が集まったのである。しかし、20世紀に至ると作品のオリジナリティが重んじられ、演奏家は即興を行わなくなり、こうした変奏曲は顧みられなくなった。ここでは、19世紀のピアノ文化の華としての変奏曲をテーマに選曲を行なった。当シリーズのカテゴリー中、最も大規模で「ピアノ・ブロッサム」の中核に位置するものとなっている。


堅実な書法、達人的テクニック、しなやかで軽快な身振り。ジャック・(ヤーコブ)・ローゼンハイン(1813-1894)の音楽はまことに健全な活気をモットーとする。だが、20世紀の価値観がこの時代の音楽に求めたものは悩ましく、悲劇的なロマンティシズムであった。それゆえにローゼンハインは見失われたといえそうである。彼は決して流行オペラのパラフレーズ作家ではなかったが、ドニゼッティの主題で当世の流儀に倣い、見事な範を示している。

J.Rosenhain:Variations Brillantes sur un motif de l'Opéra BELISARIO de Donizetti Op.29 ト短調-ト長調
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/2/14)

パリ音楽院でアルカンの弟弟子にあたるルイ・ショレ(1815-1851)はおよそ40点のピアノ曲を書いたとみられる。馴染みの主題を用いた幻想曲、変奏曲が多くを占めるようだが、その端正は楽譜には信じ難い速度表示が記されている。究極のヴィルトゥオジティを追求する姿勢が明らかな反面、音楽的には淡白で優美な気品を損なわない。

L.Chollet:Grandes Variations Brillantes avec Introduction et Final. sur la Romance Favorite du Chalet Op.29  変ホ長調
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/2/14)

カール・ハスリンガー(1816-1868)はベートーヴェンやシューベルトの初版出版で知られるウィーンの大手出版社、トビアス・ハスリンガー(1787-1842)の子息で、彼自身も家業を継ぎ、ヨハン・シュトラウスをはじめとする膨大な作品出版に従事した。
作曲家としての彼はチェルニーの門弟として130点余りのピアノ曲を書き、自社で出版した。「夜想主題変奏」Op.31はメランコリックなオリジナル主題に基づく4つのコンパクトな変奏曲で、シューベルトにも通ずる、ウィーンの風情が感じられる。

C.Haslinger-:Thème Varié en Nocturne Op.31 ヘ短調
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/2/14)

フィレンツェで活躍したアレッサンドロ・ビアージ(1819-1884)についての詳細は不明だが20点程のピアノ曲が確認できる。大変紛らわしいが、同年生れでファーストネームも同じ一字違いのアレッサンドロ・ビアッジ(Alessandro Biaggi, 1819-1897)と混同しないよう注意を要する。ビアージの作品はこれらロッシーニやヴェルディによる変奏曲、幻想曲をはじめ、それなりに技巧的な作品がみられるが、全般的に田園風なのどかさと、明るい陽光が伝わってくる。
因みに現在ではイタリアのこうした作曲家のコピーの入手はかなり困難になっており、著作権の問題とは反対に、150年を超えるような古い楽譜は1ページあたり300円以上のコピー代を請求される図書館が多くなってきている。ただでさえ閲覧者のいない埋もれた作曲家を、さらに地下へと封じ込めるような反文化的政策は嘆かわしい。

A.Biagi:Variazioni Sopra la POLLACCA del NUOVO MOSE'di Rossini Op.1 イ短調
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/2/14)
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