Category XVII「夜想曲」
ジョン・フィールド(1782-1837)が創始したピアノのためのノクターンは、彼に続く多くの作曲家たちが手がけたヒットタイトルとなった。にもかかわらず、ショパン以外の作品はほとんど伝えられていない。これらは忘れられたというより、元々演奏されなかったのである。ショパン作品にしても、ノクターンは軽い曲種とみられるせいか、ピアニストにとって気を入れて取り組む対象にはなりにくいようだ。しかし、他の作曲家たちのノクターンを見ると、このタイトルがそれほど軽いものではなかったことがわかる。概ねテンポは緩やかだが、華やかな作品が多く、作曲者の幻想性、本質的なセンスがストレートに伝わるジャンルとなっている。こうした音楽が奏でられた当時の夜の屋内に電気照明は無く、蝋燭の光に照らされた空間であったことを忘れてはならないだろう。
カミーユ・スタマティ(1811-1870)の神秘的な個性を最初に確立した作品が「3つのノクターン」Op.4である。特に第1曲は陰影に富んだメロディが美しい。ギリシャ系だったスタマティのメロディ・センスはショパンとは異なるが、その洗練されたポピュラリティはショパンに迫るものがある。因みにショパンは、スタマティのパリ・デビュー公演(1835年)にゲストとして出演している。
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/2/6)
夭折の息才、カール・フォルワイラー(1813-1848)の凄味は穏やかなノクターン「湖上にて」にも現われている。表現力の深さ、広大なスケール感に非凡さが伺われよう。アルカンに3日先立って生れたこの作曲家は、いずれもアルカン同様、驚異と賞讃で迎えられる日が来るだろう。
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/2/6)
ボヘミア出身のヨハン・ネポムク・カフカ(1819.5.17-1886.10.23)はウィーンを拠点に活動。およそ200曲の比較的穏健なサロン風ピアノ曲を書く。それらは美しい表紙絵と相まって、当時のポピュラー音楽として人気を得した。今日彼の名は、ベートーヴェンの自筆譜コレクションで知られる。ノクターン「愛しき人よ、さようなら」は、故郷を去る水夫の船出の詩に基づく晩年の作。
スティリア出身のエデュアルト・ピルクヘルト(1817-1881)はウィーンでハルムとチェルニーに学ぶ。残された作品は僅かに10点余りだが、チェルニー譲りの実直で練達したピアニズムによる堂々たる内容を持つ。壮大な「第4グラン・ノクチュルヌ」は、色彩感を感じさせない端麗さが、白蓮の開花の如き印象を与える。
pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2017/2/6)