第21回 渡部由記子先生
ムジカノーヴァにとりあげられたこともある「心ときめく夢の世界」の渡部由記子先生のレッスン室は、千葉県市川市、地下鉄東西線行徳駅から徒歩7~8分のマンションにあります。毎年コンペティションで素晴らしい実績を出し、ステップステーションの主宰、指導者の指導など積極的に活動されるヴァイタリティを追い、レッスン室でどんな指導が行われているのか、取材にお邪魔しました。
今日は先生の熱のこもったレッスンに圧倒されました。渡部先生というとやはりコンペティションの指導のイメージが強いのですが、まずは、コンペという場をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?
渡部:まず、ピアノ指導ということでは、1つの曲を半年という長い期間をかけてじっくり勉強できる非常に貴重な機会と考えております。ふだんのレッスンでは、1つの曲を半年掘り下げて勉強するということは、時間の都合から、なかなかできるものではありません。けれども、コンペティションを利用しますと、4つの時代の作品を、深く掘り下げて勉強することができますので、曲の表面のことだけでないさまざまな事柄を教えることができます。
そして、そのことで生徒たちに大きな自信を持ってもらいたいと思っております。ピアノが上手になること、コンペティションで素晴らしい成績を残してくれることももちろんうれしいですが、それとは別に、生徒たちには、「自分の翼で羽ばたける人間」になってほしいと強く願っています。自分の人生を自分で切り開いていくためには自信が必要です。コンクールを通じて、その自信を身につけてほしいという思いで指導しております。
指導するうえでのポイントは?
渡部:たくさんありますけれど、1つ挙げれば、特に小さなお子さんたちを指導するときには、親御さんにもいっしょに色々勉強していただくということでしょうか。親が変わらなければ子供は変わりませんし、ピティナのコンクールやステップを通じて、お子さんと一緒に、親御さんにも、今まで以上に、子供との関わり方や、人生に対し、自信を持って頂きたいと思っています。その意味で、ピティナに参加して頑張ったというのは、成長したという自信の裏付けになりますね。
指導するうえでどんなことに気をつけていらっしゃいますか?
渡部:これは私自身のプロフィールから来ていると思うのですが、私は小学校3年生からピアノを始めまして、周りのお友達に比べて遅くからのスタートだったものですから、「どうしたら上手く弾けるようになるか」をよく考えながら練習したおぼえがあります。 苦労した分、「弾けない」ということがどういうことなのかをよく分かっているつもりですし、どうしたらそれを克服できるのかをじっくり考える姿勢が身についているのだと思います。
それから、子供たちがこの年齢でこれだけの作品を弾くことに、まずは「すごい!」という感動を持って接してあげることですね。これも、私自身のそのような経歴から来ていると思います。
まずは、妹のかれんちゃんからです。
レッスンの始めには、発表会と同じようにお辞儀から始まり、最後まで通して弾きます(アンサンブルピアノに録音)。 その間に先生は、先生用に用意されてある楽譜に注意点を記入します。そして、レッスンでは、その注意点を1つずつ丁寧に指導していきます。
まずは、曲の第一音が少し硬いので、弾いたらすぐ手首をおこして脱力の練習。「遠くまで伸びやかに飛ばして、楽に楽に!」と先生の声。先生の腕のうえにかれんちゃんが指をのせ、鍵盤を弾くように先生の腕を押して、力がすぐに抜けているかを確認します。(ぐっと押された指が、脱力すると元に戻っているのを、先生は腕で、かれんちゃんは目で確認をします) それを今度は鍵盤で音にしてみます。先生が弾いてはかれんちゃんが弾く。何度も何度も弾いて先生の音に近づけます。
左手の2音の、アーティキュレーションスラーの練習。
最初の音は、手首を下から上におこして充分に響かせて、2音目につなげます。和音の上の音「ソ♯~ソ、ファ♯~ファ」とまずは歌ってみて、そして今度は歌いながら弾いてみます。それがうまくいったら右手を合わせます。
右手の流れの練習(1小節目と2小節目の間があきすぎて切れてしまう)でも、 まず声を出して先生と歌ってみます。それから歌いながら弾いてみます。今度は先生のお手本を聴いて弾いてみます。また声だけ出してみます。それをくりかえして練習します。
先生のレッスンでは、イメージを描いての練習が重視されます。 「海の上で、ゆったり浮いている感じ」「ここはかれんちゃん、海草がゆらゆら、そしてきれいなお魚が泳いでいる感じ。」などイメージを膨らませるようなメッセージ、それに合わせてかれんちゃんもイメージを描きながら弾きます。
このように一箇所一箇所、丁寧に何度も何度も弾いては、その音を確認していくレッスンでした。
指導者検定を受験したきっかけは?
・渡部先生から勧められて。
・学校を出てから何年もたち、自己流ではいけないと思って。
・自分自身への挑戦。レベルアップを目指して!
・いろいろ調べて内容が充実しているピティナの指導者検定が一番勉強になると思って。(演奏実技、初見視奏、セミナー、音楽通論、音楽史、ディスカッション、指導実技)
・スタインウェイ関東ステーションの先生が何人も受けていたので、刺激を受けて。
受験してよかったことは?
・音楽史、楽典なども再確認できた事で、生徒のレッスンに活かせた。
・音楽史では、時代の背景なども勉強し、いろいろな音楽を聴いて耳貯金が出来た。
・普段あまり見る事がない、他の先生方の指導実技を見学できて、とても勉強になった。
・日常生活では出会わない、頑張る自分に出会った。また、緊張する自分に驚いた。
・コンペの審査員の先生方が何人も聴いてくださり、コメントをいただけた。 合格しなかった時も、先生方の励ましのコメントを譜面台において頑張った。
・いっしょに受けている先生方との交流、昼食を食べながら、情報交換や勉強をした。 地方からこの試験のために上京されている方も多く、とても刺激になった。
・ピアノの先生の資格として、ひとつの基準になると思った。
指導者検定への要望は?
(渡部先生の所に集まる先生方は皆、勉強熱心!)
お集まりいただいた先生方からは、「後回しでいいと思っていましたが、先生に背中を押していただきました」 「先生のお蔭で、前向き、肯定的になれました」といった、渡部先生への感謝やエピソードが次々に飛び出しました。
かくいう私自身も、渡部先生に背中を押して頂いた一人です。2001年4月のことでした。8月に受けるつもりで、渡部先生のレッスンに伺っていました。ちょうどその日が5月の検定の締切日でした。先生はレッスンが終わると、「5月に受けましょう。今日これから本部まで申し込みに行ってらして!」とおっしゃられて...。その渡部先生のパワーに励まされて、5月に初級、8月には中級、翌年10月には上級を終え、お蔭様で2回のインターンも終了する事が出来ました。
ステップにはどのように関わり始められたのでしょうか?
渡部:最初は、アドバイザーやステップ実行委員をさせていただいておりました。その後、ステーションの代表をさせていただくようになりました。
初めてアドバイザーに伺ったのは熊谷地区で、よく覚えております。70代のご婦人が、ショパンのノクターンを弾かれました。少女時代から憧れていらした曲に5年前から挑戦されて、1週間に1小節ずつ練習していったというコメントでした。
最初、音があまり聞こえてこないので、どうしたのかな?と思って拝見しますと、鍵盤に置いた手が震えていらっしゃり、ところどころ楽譜を見たり、止まったりしながらの演奏だったのです。けれども、そこから紡ぎ出される音楽を通じて、その方の人生が見えてくるようで、聴いていて涙が止まりませんでした。その演奏を聴いて、私もこんな素敵なピアノというものをやってきて本当によかったと改めて思いましたし、ステップっていいものだな、と感じました。
ステーションを開設されたきっかけは?
渡部:本部で運営していらしたスタインウェイでのステップを、ステーションとしてやってみませんか、とお誘いいただいたのがきっかけです。最初は、私のところに習いに来てくださっている指導者の方々や、私の講座によくいらしてくださる先生方に「すごく楽しそうなことがあるので、一緒にやってみませんか?」とお声をかけました。今では、32名の先生方が、スタッフとして活躍してくださっています。 スタッフの先生方が、「ステーションのメンバーとして活動できて本当によかった」 「同じピアノ指導者としての仲間ができて、勉強会や食事会などがとても楽しい」と仰ってくださるので、ステーションを始めて本当によかったと嬉しい気持ちで一杯です。
今後も、ご参加くださった方々に「日比谷で受けてよかったな」 「また受けてみよう」と思っていただくステップになるように運営していきたいですね。
夏はコンペや受験を目指す若い生徒さん中心に、秋は実年の方々に素敵なステージを、という性格付けも、日比谷ステップの特徴ですね。
渡部:以前から、ステーションのスタッフの生徒さんで、実年の方が出てくださっていたことはあったのですが、テーマとして「大人のステージ」を打ち出したのは、昨秋が初めてです。
私自身、音を楽しむ気持ちが伝わってくる、実年の方々のピアノがとても好きです。全国各地のステップにも伺いますが、毎回実年の方々の演奏を聞かせていただくのを楽しみにしています。
日比谷でも、実年の方々に、もっと参加していただきたいと思い、ステーションのスタッフの先生方にもお声をかけて、秋は「大人のステージ」ということでお知らせしました。
夏はコンペや受験を目指す生徒さんたちに、すぐに役立つようなコメントを一生懸命書かせていただき、秋は「音を楽しむ」実年の方々にもたくさん集まって楽しく弾いていただくという、今の形を続けていきたいですね。
先生がピアノの指導を続けてきて得られたものは何でしょうか?
渡部:「夢は必ずかなう」ということでしょうか。前向きに物を考え、強い思いを持って一生懸命やっていけば、いつか必ず夢はかなう...そのことを実感いたしました。
私も、生徒がコンペティションに参加しはじめた当初は、「夢は必ずかなう」という法則は、若い生徒さんにしか当てはまらないのかと思っていました。けれども、指導者検定で頑張る先生方やステップでお弾きになる実年の方々の姿を拝見して、「夢は必ずかなう」という法則は年齢にかかわらず当てはまるものだと実感しました。
たとえば、「うちの子はダメなんです」と仰る親御さんや、「私が指導者検定なんて、とんでもないです」という指導者の方がいらっしゃいますけれど、「そんなことないんですよ。強く思えば、夢はかなうんです」と申し上げております。私のところにいらしてくださった皆さんに、これからもそのことを伝えていきたいですね。
今日はありがとうございました。
◇ 渡部由記子先生ホームページ