第17回 二宮裕子先生
世田谷区の閑静な住宅街の一角に、二宮裕子先生のレッスン室がある。ビルの最上階にエレベーターで上がると、もうそこは玄関。新しいレッスン室に、年季の入ったスタインウェイのグランドピアノが2台並んでいる。
まずはレッスン室とピアノについて伺った。
「このレッスン室は、2000年に出来ましたから、もうすぐ4年になります。
母がピアニストでしたので、私は生まれた時から家にはスタインウェイがありました。一時期は母2台、私が2台所有していましたが、現在はこの2台です。
1台はハンブルグ製で、もう1台は恐らくニューヨーク製。片方は太平洋を2度も往復した、長い歴史と愛着のあるピアノなんです。」
壁に並ぶ楽譜棚が便利そうですが、珍しいですね。
「そうかしら? 私の実家も叔母(ピアニストで東京芸術大学名誉教授の高良芳枝先生)宅もこの楽譜棚でした。アルファベット順に並べてあって、作って頂いた棚です。」
レッスン後は、お集まりいただいた3人の生徒さんに、二宮先生についてを語って頂いた。
二宮先生はどんなレッスンをして下さるのかをお話し下さい。
趙梨華さん(桐朋学園大学4年。二宮先生に5年くらい師事。2002年ピティナ・ピアノコンペティションコンチェルト部門上級最優秀賞)
「二宮先生のレッスンは、音に対する強いこだわりがあります。1音1音じっくりと吟味して音を追求していくレッスンで、私にたくさんのものを与えてくれます。」
天野浩子さん(桐朋学園大学研究科1年。二宮先生には大学受験から5年半くらい師事。2001年ピティナ・ピアノコンペティションG級全国決勝大会ベスト5賞)
「例えば、昨年のクリスティアン・ツィマーマンの来日公演に先生と一緒に聴きに行ったのですが、先生も私も本当に素晴らしいと感動したんですね。
でも先生は、素晴らしいと感じるだけで終わっていちゃダメだとおっしゃる。どのようにしてその素晴らしい音を出すのか、そういうことを考えて行かなくては行けないとおっしゃって、より高度なレベルへと引っ張って下さるんです。」
関本昌平さん(桐朋学園高校音楽科3年。二宮先生には中2から4年ほど師事。2003年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、第5回浜松国際ピアノコンクール第4位)
「以前僕はすごく体を動かして弾いていたんですが、二宮先生の最初のレッスンで、自然できれいな体の動きを見たのがとても印象的でした。最初は脱力のことばかりを指導され、手を落とす、指を落とすということが全然わかりませんでしたが、やがて分かってきて、演奏がかなり変わってきたと思います。
レッスンは毎回違うことをおっしゃるんですが、それによって演奏の可能性の幅が広がって、自分にとってはとてもいいレッスンです。」
二宮先生自身は、どんな先生ですか?
関本昌平さん:「はじめは怖そうな先生なのかなと思ったが、とても話しやすい先生ですね。」
趙梨華さん:「私も初めは、見た感じとてもきれいな先生なので、気軽に話してはいけないのかなと緊張しましたが、レッスン中もレッスン後も楽しいお話しがとても多いんです。特に、先生がご主人のお話をする姿がかわいらしくて大好きです。」
二宮先生は、お母様もおばさまもピアニストという音楽一家でいらっしゃいますが、他にご家族に音楽家はいらっしゃいますか?
二宮:「主人の妹2人はバイオリニストで、サイトウキネンオーケストラのメンバーとしても演奏活動をしています。 主人は音楽家ではないですが、音楽家がどのようにきびしく育っていくのかを見ているので、私の仕事を理解し、わがまま邦題にさせてくれるので、何よりも感謝しています。」
二宮先生は幼少時代から音楽に囲まれて育ったと思いますが、特に印象的な音楽体験がありましたら、お話し下さい。
二宮:「例えば、イタリアオペラの来日公演を見たのは、ショックな出来事でしたね。当時私は中学生でした。この時の凄い刺激、感激が、今も尚音楽家としての私を引っ張ってくれているような気がします。」
ピアノよりオペラだったのですね。
二宮:「声楽を聴いて学んだ"歌"をピアノに応用することを、信念をもって指導できるのは、子供の時から素晴らしいオペラに触れることができた"環境"のおかげかも知れません。そういう環境に恵まれた私は、とてもラッキーでしたね。
結婚後も、ニューヨークに住んでいたので、メトロポリタン・オペラに通いました。年間11演目あって、天井桟敷の席ですと当時1シーズン11回で200ドルもしない金額でしたので、子供と4人家族で毎回見に行きました。子供たちは音楽家ではありませんが、音楽が大好き。自らコンサートへ行くのが本当に大好きで、そういう環境を作れたことはとても良かったと思っています。」
なるほど。ではオペラはたくさん見ていらっしゃるのですね。
二宮:「そうですね、レオンタイン・プライスの最後のステージも聴きました。とにかく中学の時のイタリアオペラで聴いた、ジュリエット・シミオナートの美声に感激し、彼女の声に惚れ惚れしましたね。私にとっては、大変なインパクトがあったのですね。」
ピアノではいかがでしょうか?
二宮:「やはりアメリカで聴いた、ルービンシュタインとホロヴィッツですね。
アメリカに行く前にはルービンシュタインのレコードを聴いてもちっとも感激しなかったのですが、ニューヨークのカーネギーホールでのリサイタルは素晴らしかった。レコードと全然違って、本当に音がきれいなんですね。ルービンシュタインの演奏を聴いて、本当にうれしくなって、家へ帰ってきてもソファにでも座ってワインを飲みたくなる感じなんですね。その余韻にたっぷりと浸っていたいというか。
でも、ホロヴィッツは全然違うんです。彼のリズム、例えばポロネーズなどのリズムが全部体に入り込んでしまう感じになり、帰るとピアノを弾きたくなる。そのリズムの通りに弾けてしまう。強烈なものが体に入り込んでくる感じですね。」
こういう素晴らしい音楽に触れ、良い時代に学んで、そこからぜひ皆さんに伝えたいことは?
二宮:「やはり、オペラをたくさん聴いてもらいたいですね。オペラのチケットはとても高いのでなかなか行けないかも知れませんが、しかし、歌をたくさん聴くというのは音楽の原点ですね。素晴らしい弦楽器もいいですね。ピアノを勉強する人はピアノのコンサートにばかり行きますが、オペラはおすすめですね。
私はアメリカ生活が長く、学生時代はチケットが安く、結婚後は主人がすごく音楽が好きとラッキーな点も多く、たくさんコンサートに通いましたね。そのおかげで"感じる"ということが、私の中に入ってくれたかなと思います。やはり生のコンサートはたくさん聴かなくてはならないと、実感しています。」
ありがとうございました。