ピティナ調査・研究

第16回 中田元子先生

レッスン室拝見

空高く聳え立つ大阪ビジネスパークの高層ビルと、寝屋川の向こう岸に今もなお情緒豊かに佇む大阪城。建築家のご主人が設計されたという中田元子先生のご自宅からは、時代の新旧を一望することができる。
中田元子先生(ピティナの評議員・千里支部長)は、ピアノの指導を始めて30余年。相愛音楽教室の講師を経て、現在はここ大阪市都島区のご自宅にて、ピアノの指導をされている。

1.音楽的にも人間的にも、元気になるレッスン

今日のピアノレッスンを拝見させていただいたのは、西村真紀子さん(関西学院大学社会学部2年生)と小西早哉佳さん(同志社大附属高3年)のお2人だ。
 お2人とも、中田先生のレッスン室に通いはじめて、10年近くになるという。入門当初は、コンクールの予選が通らなかった彼女たちも、しっかり中田先生の導きに応え、一般の大学・高校に通いながら、コンクールにも挑戦しつづけ、入賞歴を重ねている。

◎ 西村真紀子さんのレッスン

 1998年ピティナ・ピアノコンペティション全国決勝大会で金賞(F級)を受賞したのは、高校1年生の時。その後受験を迎え、関西学院大学に進学して半年後、ピアノを再開した。今日は、コンクールの本選に向けてレッスンに臨まれた。曲目は、ショパンの幻想ポロネーズ。レッスン室には、この曲の自筆譜が置かれていた。
 「 "こう弾きたい"という欲求が、あんまり前に出てきていない」という今日の西村さんの演奏に、中田先生が要所要所にヒントを与えていく。「ここは、色が変わっていくところよ」という指揮に、ピアノの音色もさーっと変化がついてきた。
また、フレーズを言葉のイントネーションに置き換えて説明されるうちに、こまごまと粘りがちだったフレーズも徐々に整理されてきた。「いつも音楽は大きく作っていかないと・・」と先生の言葉が印象的だった。

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中田元子先生と今回レッスンを拝見した3人の生徒さん

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大阪城

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大阪ビジネスパーク

西村さん:「いつでもよく深夜までレッスンやっていただいていましたが、1度大学受験でピアノをやめてみて感じたことは、ピアノのレッスンで、音楽的にも人間的にも、元気をいただいていたんだな、ということです。自分の思っていることをなかなか表に出せない性格で、それがピアノにも出たりして、いろいろ悩んでいた時期、これから先、生きていく上での人生のアドバイスをいただいながら、パワーをもらっているんだなと思います。」

◎ 小西早哉佳さんのレッスン

 2001年ピティナ・ピアノコンペティション全国決勝大会でベスト賞(F級)を受賞し、昨年はアミューズ部門優秀賞(Aカテゴリー)を受賞している。間もなく大学受験日を迎えるという中、横浜でのアミューズ入賞者記念コンサートも控えている。今日のレッスン曲は、その演奏曲目のショパンのバラード1番。レッスンの順番がくるまでの時間を、レッスン室にあるショパンの本に目を通されていた。
 感覚的にすぐやってみたい、と反応する小西さんは、ゆっくり深く考えてから意思表示をされる西村さんとはやや対照的。時に、研究しすぎて、どんどん演奏が変わってしまうこともあるという。先ほどの書籍は、彼女にどんなインスピレーションを与えたのか・・?
 ややもすると高揚しがちな演奏に、力を入れるところと抜くところ、フレーズの切れ目を意識喚起させ、音楽に緩急のメリハリがついていく。「ここはもっとこういう深い響きの方がいいんじゃない?」という先生の提案に、具体的に指の重心の位置、指の第2間接の筋肉の動きにまで至り、具体的な運指ノウハウを解説されていた。

小西さん:「 "こういう感じ"のたとえがとても面白いです。音色を頭でイメージしやすくしてもらったり、曲想の感じを歌ってくださったり。先生の気迫も伝わってきます。」

2.一般大出身でも演奏活動を

一般の大学に通いながら、これだけ専門的にピアノに関わり続けてこられるのって、素敵ですね。

例えば、西村さんの場合、一般大学の受験を考えた時点では、塾に行ってもついていけなかったそうですが、ピアノで培った根性で、1年間でトップレベルの大学に入り、今こうして音大生と混ざってコンクールで競演し、自分の演奏を説得することができているわけです。音楽以外の友達と接して、いろんな考え方や学問と接して、割り合いはみ出さないまじめだった演奏も、心の中を出して音に出てきて、いい感じになってきていますね。

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レッスンに使われるショパンの自筆譜

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西村真紀子さんのレッスン風景

一般の大学にいたら、ピアノが弾けること自体が、自分の強みになったりもしますよね。小西さんの場合、普通高校にいるので、コンクールで入賞して褒賞演奏会があるとなったら、クラスのみんなが興味を持って見にきてくれるようですよ。学校で「戦場のピアニスト」の映画鑑賞会をする前に、映画に出てくるショパンのノクターンを、400席満席の中で演奏したこともあったとか。それが、音楽高校や大学だと、金賞をとっても何もいわれないし、受賞した人も何もいわない雰囲気があるでしょ。音大も別分野なら皆から認められるんでしょうが。結局、ピアノが弾けることが希少価値である場に身を置いたほうが、かえって伸びる可能性も出てくるともいえるかもしれませんね。

音大に進学をしなかったことに、それほど後悔は感じられないものでしょうか?

 音大に行かずにピアノを勉強し続けて、メリットはわかるけど、逆にデメリットはないんじゃないかしらって、話しているんですよ。高校を卒業した時点で、ある程度基礎的なことはクリアして、大学では、哲学や美学、歴史、音楽ビジネスなど、別の角度から音楽を研究しつつ、いろんな楽しいことも体験して、さらに、リサイタルやコンクールをやってもいいじゃないですか。音大を卒業した人と比べて、引けを取らない演奏が出てきたら、それもすばらしいことですよね。社会人になるときに、選択肢がいっぱいあるのも、いいですよね。かえって音楽とは違う分野にいる人ほど、純粋に音楽の活動をしたがるところもあるかもしれませんよ。

3.長期的な視野での指導

生涯ピアノを続けていくにあたって、気をつけてほしいことは?

コンクールに通る手段としてピアノを習いたいのなら別ですが、私は音楽は人生とともに、育てていくものでありたいと思っています。人生の中の、ある時は伸びたり、ある時は停滞したり、またある時は下がったり・・・、そう、スッと咲く花、じっくり咲く花があるのと一緒で、子供の伸びる時期はいろいろあるんです。でも、人生を通じて、音楽力は高くなるものだと思っています。それが目先のことに振り回されて、"その時"しかないような感覚で、親も先生も接せられ、コンクールに落ちてしまったら、「あんなにがんばったのに、落ちて、何よ!」と怒られ、それでピアノを嫌になって止めてしまったら・・・、こんなに悲しい人生はないと思います。

もちろん、私たちも、コンクールで失敗したことも、一緒に泣いたこともありますよ。でも、「また頑張ればいいじゃない、人生長いんだから」と希望だけもってやってきているんです。そういう人生の方が楽しいですから。

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小西早哉佳さんのレッスン風景

長期的な視野でレッスンをされるきっかけは?

ピアノ指導の初期の頃、3歳から指導して毎コンで1位になった生徒がいて、その子を誇りに思っていたのですが、今はピアノをしていないんですよ。当時「あこがれの○○ちゃん」といわれていた生徒、ピアノを止め、音沙汰もなくなった生徒たち・・。それが心の痛みになっているのです。
 また、ピアノも学校の勉強もとてもよくできる子が、風邪をこじらして高熱が続き、薬で脳の働きが止まって養護施設に行ってしまった子もいます。そういう人生もあるのを目の当たりにした経験は、私の教育観にも影響を与えていると思いますね。
 それからある時、「そんなに東京芸大にこだわりがあるのなら、受けにいって様子をみてきたら」と送り出した生徒がいて、案の定不合格だったのだけど、勇気いっぱいで帰ってきたんです。「僕なんてまだまだ希望があります、サラリーマンの人が受けに来ているんですから」っと言って、一年後には東京芸大は入って、今は大阪芸大の講師をしています。
 そういう体験をしたら、いいものがあるなと思ったら、かわいい子には旅をさせて、小さいときの採点で将来を当てにしないで、誉めすぎず、大事の育てていきたいと思っています。

先生の生徒さんは、特に中高生あたりからの飛躍が目を引きますね。

小さいときからすぐにコンペで全国決勝大会に入る子はいないんです。いけるとしたら、それも何年か経っていろんな総合的な基礎力がついてきて、最低でもC級からですね。結果が出る以前は、落ちてきても、常に励まし続け、基礎力がつくのを見守っています。
 ピアノ指導の人生30何年は、個人と個人の戦いですね。ある意味では、生徒は、娘や息子です。子供を育てている経験もあるし、一人一人との付き合いが長いのでご家庭の方とも親しくなって、生活の中でのピアノの位置付けや、どういう生活をしているのかが、見なくても想像できるようになってくるんです。どの子も反抗期になって、がんばっていないわけではないけど、今気が乗れない、ピアノは止めたくないけど弾きたくない、という時期が来て、親とトラブルが生じます。なだめつつ、じっくり待ちましょう、と。そのうち自らピアノを弾きたくて仕方がない時期が訪れ、その時に真の基礎力が備わっている子は、ぐっと成長していくのです。

4.基礎作り/指作り&ソルフェージュ

では、ピアノの長期的なレベルアップを図れる基礎作りとして、レッスンではどのようなことを取り入れているのだろうか。

◎指作り

西村真紀子さんも小西早哉佳さんも、十代前半で中田元子先生のレッスン室に入門した当初は、徹底的な「指作り」に時間を費やしてきた。「まるで、ピアノの調律をしているように」、一音一音を鳴らすだけのレッスンが続いたという。

「自分の"求める音"を出すためには、そのツールである指が出来ていることが大事です。細い線も硬い線も太い線もやわらかい線も、全て指で作るわけですから。指作りの最短距離の鍛え方というのがあって、これはフィンガートレーニングと違い、鍵盤上で実際に音を出して、自分の耳で音を聴きながら、指を作っていきます。」

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音符の長さ(音価)が視覚的にイメージしやすいよう、面積で表しているお母様手作りの音符カードを見せてくれた。
◎ソルフェージュ

ピアノのレッスンの前に、ソルフェージュのレッスンを拝見させていただいたのは、萩原文ちゃん(大阪教育大学附属天王寺小学校1年)。ピアノでは、ブルグミュラーの練習曲が弾ける進度で、ソルフェージュの基礎からじっくり学んでいる様子だ。

「ソルフェージュを通して、ピアノの読譜能力、音楽的な感性を作りたいと思っています。ピアノのレッスンの延長線上に位置付けているので、ソルフェージュだけのレッスンはしていません。ピアノのレッスンの中で、今のピアノ演奏で欠けていることをソルフェージュで補っていきます。ピアノの演奏で、リズム的なことが弱ければリズムの訓練を取り入れ、リズム譜を作らせたり、模倣させたり、体験させたりしていきます。相愛大学の音楽教室でも、ソルフェージュのレッスンや研究を25年間やってきましたが、やはりソルフェージュ力のある子とない子では、演奏力に歴然とした違いがありますね。」

ソルフェージュのレッスンの中で、特に新鮮だったのが、読譜力の訓練だった。新曲を5分ほど黙読させ、記憶し、それを譜面に起こす、というもの。楽譜のじっくり読む習慣をつけさせるばかりでなく、短時間に効果的に正確に記憶できるよう、いろいろ自発的に知恵を働かせるという。音型、和声進行、フレーズを見ながら、楽曲の構造を把握し、分析する力につなげていく。ピアノのレッスンで、ミスの多いところを、記憶して譜面に起こさせるというのも、アイデアだ。

後記:
ほんの数時間だけのレッスン室拝見でだったが、中田元子先生の母親的な大きさ、明るさに、生徒がのびのびと自発的にピアノに取り込んでいる雰囲気が感じられた。目先の結果に動じることなく、前向きな気持ちを生徒やそのご家族と持ち続けながらも、長い成長曲線を支える基礎力の育成に対する信念の強さは、その独自の教育方法の豊富なノウハウに、垣間見ることができた。
ピアノをとるか勉強をとるか・・・、学生時代には誰もが直面する問題も、"両方やってこそ楽しい人生なんだよ"と、生徒さんの自信に満ちた笑顔が語ってくれた。(取材:霜鳥美和)