第3回 個々の事情に合わせて十人十色のレッスン
ただピアノだけ上手になればそれで良いとは思っていません。もし生徒が伸び悩んでいる時には何かしら理由があります。コンクールなどの実績に関わらず、伸び伸びと大きな素直な音で弾く生徒もいれば、反対に、縮こまった音で弾いてしまう生徒もいます。骨格などの要因もあるとは思いますが、一番は心の豊かさがあるかないかではないでしょうか。
いつもコンクール本番前にピリピリしているような生徒さんは、保護者からプレッシャーを掛けられているケースが多いように思います。一方で生徒さんの自主性を尊重し、優しくサポートしてもらっている生徒さんは常に伸びやかに楽しそうにピアノを弾いているように思います。
そういう保護者と生徒との関係まで見抜いておかないと、指導の仕方を間違えてしまうことになると思います。私のレッスンは本当に厳しいですが、厳しさの中にも、生徒の背景を見て叱り方を変えています。10人いれば10通りの叱り方、接し方があって、生徒の性格に合わせた向き合い方がとても大切だと考えています。
だからこそ、知ることから信頼関係が構築されていくのだと思っています。「ピアノ指導以外の事、つまりはその生徒、保護者という人自体を知ること」がとても重要だと考えています。例えば、保護者は共働きなのか、練習する時には誰か保護者はいてくれているのか、どんな環境なのかも見極めることが大切だと思います。
生徒の性格などによって音が変わるということが良くありますが、私は家庭環境によっても音は作られていくのだと思っています。とても真面目で、きちんと弾いているのに何か物足りないなと思う生徒は、保護者からのプレッシャーがきつかったりしているケースがあります。演奏も身体も硬くなり、「弾けるけど...」というケースも多々あります。
一方で、あまり上手ではないのだけれども、とても良い音で弾くような生徒は、保護者との会話が多かったり、自然などの色々なところへ連れて行ってもらっていたりしている生徒は、「自分からコンクールに出たい」「あれやりたい、これやりたい」と自らの意思を感じられます。そういう保護者は、いつも生徒の後ろで温かく見守っているような保護者という印象です。そんな生徒は想像力が豊かですし、とても伸びていく印象があります。
このような環境までもこちら側が知っているか否かで全く違ってきます。レッスンでも、多くの自然を経験したことのあるものへのイメージ共有がしやすくなります。そうでない生徒は理屈だけの演奏になりがちです。
結果しか見ない、ただ弾ければいい、というような生徒と保護者には、私はとても厳しく指導します。だからこそこちら側から一人一人それぞれに踏み込んでいき、その価値観を変えていかなければならないのです。生徒が変われば向き合い方も踏み込み方も変わるはずです。だから「知る」、「見極める」ことが何より重要になってくるのです。
そうするとレッスンでも十人十色のレッスンになってくるはずです。一人一人カリキュラムが違うのは当然ですし、全員分頭の中に入っていなければなりません。一つの教え方で十人は教えられないはずです。言葉掛け一つとっても変わるのです。
生徒に対しても、フォルテやピアノも伝え方も違えば捉え方も違う。例え話の内容も生徒との普段からのコミュニケーションがあるからこそ伝わる言い方ができるのだと思います。
初めは心を開かなかった生徒も、こちら側が生徒を知ろうとすることで徐々に心を開き、信頼関係が結ばれ、レッスンでのやりとりがとてもスムーズになっていきます。イメージが共有できるようになるのです。それを引き出すのが私たち指導者の役目だと思います。
私たち指導者は常にアンテナを張っておくべきだと思います。そのアンテナは「ピアノが上手になるためだけ」ではなく、「どんな立ち位置にいるのかな」と見極めてあげることが大切だと思います。
そんな風に長年続けてきた事で、卒業していった生徒たちから「本当に厳しかったけど、楽しかった!」「本当に厳しかった、怖かったけど通い続けてきて良かった!」などと言ってもらえているので良かったです。「厳しかったけど、何でも頼れた」など「優しかった」という言葉は一つもありませんが(笑)、向き合ってきた事の結果かなと思っています。