ピティナ調査・研究

No.11 アードラーのクラヴィコード

No.11 アードラーのクラヴィコード
解説

長方形の箱型クラヴィコードで、その簡素な作りから以前はオルガニストの練習に使われていた楽器と推定されている。蓋は2つの木版 を合わせてできており、完全に閉めない状態で、片方の木板が譜面台として使えるようになっている。

クラヴィコードはもともと家庭や旅先で練習用に使われることの多い楽器であるため、あまり大きな音は出ないが、この楽器は音量を増すため、2本の弦が1組に束ねられている(フレット式)。つまり、このクラヴィコードでは束ねられた弦1組に2音が対応していることになる。弦は鍵盤に対しやや斜めに走っており、魂柱に固定されている(写真参照)。弦の長さと太さは高音域に行くにしたがって短く、細くなっている。消音システムはフェルト製のダンパーによる。本体の左側部分には、物をしまえるところが 設けられており、その中に調律用のチューニングキーと 掃除用のスティックが収められているとのことである。

外側から撮影した写真では見えないが、鍵盤部分には演奏時の物理的な弊害を取り除く工夫があるという。その一つは、高音域の鍵盤に鉛が付けられて重たくなっていることである。これは打鍵後、鍵盤が打鍵前の位置に戻るようにするためとのこと。 また、外からでは解りにくいが、鍵盤の底面は、フェルトを用いることによって、鍵盤を叩いた時のカタカタという音が防げるようになっているという。

さて、このクラヴィコードを一見した時にまず目を引くのは、低音域にある音名の書かれた白鍵と2分割された黒鍵だろう。白鍵には最低音から「C, F, G, A」とあり、つまり限られた鍵盤数のところ、D, Eが省略されて、C音が最低音として鳴るようになっているのである。こうしたショートカットは古い鍵盤楽器ではとりたてて珍しいとも言い難いが(ショート・オクターヴは有名である)、ヴィーン大学の所蔵楽器解説では、通常なら最低音がC/Eとなるところがこの楽器ではC/Fとなっていると特筆されている。

ところでこのクラヴィコードは現代の我々多くが慣れ親しんでいる平均律には調律されていない。その理由を端的に示しているのが低音の分割された黒鍵である。これらの黒鍵には、省略された最低音域の音が割り当てられるのではなく、平均律ならば半音の異名同音となるFis, Ges, Gis, Asが個別に配されている。そしてきちんと調律された状態なら、これらの半音に対応する弦も、異名同音ではなく個々別々に調律されるようになるはずで、それによってより「純粋な」音が得られるようになっているのだという。現在はメンテナンスが行き届いておらず、とても実用可能な状態ではないが、遠くない将来、これらの微妙な音の違いが直に聞ける日が来ることを願ってやまない。(解説:丸山 瑤子)

動画で解説を見る(演奏が聞けます)
楽器種別 ピアノPiano
製作者・製作年 伝 C.グラーフ(ウィーン)
Attributed to Conrad Graf(Wien) 
1819~1820?年頃
概要 [全長] 242.0cm
[鍵盤数] 80鍵
[音域] C1~g4
[アクション] はね上げ式 シングルエスケープメント
  • 1899年4月15日 ライプツィヒの修理工房 Herrn Hermann Seyffarthにより修復
関連情報
この楽器を見られる場所
Universitätscampus AAKH, Hof IX
Spitalgasse 2-4, 1090 Wien, Österreich
(Institut für Musikwissenschaft der Universität Wien)