語るか、託すか──作曲家としての葛藤と希望(執筆:轟 千尋)

執筆:轟 千尋
コンペが近づいてくるこの季節。長く取り組んできた課題曲に、子どもたちが少し飽き始めてくる頃かもしれません。そんな中でも先生方は、生徒一人ひとりのために日々工夫を凝らし、表現をさらに深めるために伴走しておられ、そのお姿がきらきらとまぶしく、私はいつも圧倒されています。
ありがたいことに、今年は私の作品が3曲、コンペの課題曲に選ばれました。それに伴い、演奏者や先生方から「どんな意図でこの曲を書かれたのですか?」とご質問いただく機会が増えています。作曲家として、自分の音楽に真剣に向き合っていただけることはとてもありがたく、また、演奏者や指導者の方と直接言葉を交わせるというのは、今を生きる作曲家ならではの特権のように感じています。
実は、そうしたやりとりの中で、自分の中に少し葛藤が生まれることもあります。
まずは、作品の背景や想いに興味を持っていただけることへの感謝。とても嬉しくて、「曲により共感してもらえるなら、何でも聞いてください!」という気持ちになります。
一方で、「演奏者自身は、この楽譜から何を読み取ってくれているんだろう?」という、こちら側の興味もあり、仕掛けたアイデアや込めた意図を、どこまでキャッチしてもらえているのか…むしろこちらこそ聞いてみたいと思うこともあるのです。
ご質問いただいた際には、曲の構成や調性の流れ、和声の動きなど、私なりに試みた手法については惜しみなくお伝えしています。もちろん、それらはすべて楽譜に書き込んでいるつもりではありますが、それがきちんと伝わるとは限りません。だからこそ、言葉を添えることで、その背後にある意図に共感していただけるなら、できる限り語りたいと思っています。
でも一方で──楽譜は、終止線を書いた瞬間に作曲家の手を離れるもの。自分があれこれ説明しすぎることで、演奏者自身の解釈や表現の可能性を狭めてしまうのではないか。音で語っているのだから、言葉で語るべきではないのではないか…。
今は、素晴らしい演奏家の多様な表現を、ウェブ上ですぐに聴くことができる時代。作曲家自身が想像していた以上に面白い音楽へと仕上げてくださることもあり、「そうか、こんな曲だったんだ!」と、作曲者自身が感動することさえあります。
でもそれと同時に、ある演奏者の解釈や表現が「その曲の正解」として広まってしまうことへの不安も感じています。「それならば、作曲家として自分の言葉で説明すべきなのか…」「いや、音で語る作曲家が、言葉でも語るというのはどうなんだろう?」「和声に精通していなければなかなか気づかれにくい真の意図を伝えるには、やはり語るしかないのか…。」いやはや、思考は堂々巡りです。
大学時代、私の恩師は、まるで私の頭の中をのぞいているかのように、スコアから私の考えをすべて読み取ってくださいました。仕掛けたことも、納得していない部分も、表現したいのにうまくできていない箇所も…。また、レッスン中に大作曲家のスコアをまるで推理小説のように楽しそうに読み解いていく先生の姿からは、「つまり楽譜がすべてなんだ」ということを学びました。そして今、現場でご一緒する指揮者や演奏家の方々も、言葉を交わさなくても、楽譜から意図や想いを汲み取り、それをその人ならではの表現で音にしてくださいます。そうしたレッスンや現場ではいつも、多くの言葉は必要ありませんでした。その積み重ねの中で私は、「楽譜を読んでくれる人に、伝え切ることのできる楽譜を書くこと」の重みを、考えるようになりました。
では、教育の場はどうでしょうか。
そこでは、演奏者(=生徒)にはプロの手助けが必要です。私は、「作曲家 × 演奏者」に「指導者」が加わる「三者の交流」こそが、教育の場における音楽の源だと考えています(図を参照)。
大好きな自分の先生の助けを借りながら、生徒が主体となって作曲家と時空をも超えて対話する。その架け橋こそが指導者です。言い換えれば、教育現場において、楽譜に込めた「作曲家の言葉」を通訳してくださるのは先生方であり、また生徒と作曲家の縁をつないでくださるのもまた、先生であることが多いことと思います。
そんな、作曲家と子どもたちをつないでくださる先生方と一緒に、私自身も、作品を通じて、先生方と一緒に、子どもたち一人ひとりの花を開かせていきたいと、強く願っています。


作曲家。東京藝術大学卒業、同大学修士課程修了。管弦楽作品から子ども向けのピアノ曲まで幅広く作編曲を手がける。楽譜・書籍等出版物多数。最新作はピアノ曲集・CD『碧に寄せる詩』(全音楽譜出版社・ビクターエンタテインメント)
次回は,大学講師,Youtuber,演奏活動など,多方面で活躍中の音楽教育学者,長谷川諒先生に執筆いただきます。まさにコンクールシーズン,演奏者や指導者のみなさんへのエールとなりますように。お楽しみに!

コンクールに興味を持っている方は少なくないでしょう。ピリッとした空気のステージで真剣に練習してきた曲を披露する…コンクールにはコンサートとは異なる魅力があるようです。一方で,コンクールでの失敗経験により音楽に対するモチベーションを損なう人がいることもまた事実。そこで次回は「コンクールへの向き合い方」について私見を語ろうと思います。プロ・アマ問わず,コンクールに関わる方には参考になる記事になると思うので,ぜひご一読ください!