ピティナ調査・研究

Ch.-V. アルカン 《12か月》

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Ch.-V. アルカン 《12か月》

掲載日:2012年5月24日
執筆者:上田泰史

演奏:越懸澤麻衣

日本に限らずヨーロッパの景色も四季折々の姿を見せ、気候の変化に応じて人々の心に様々な印象を残します。コートを貫く冬の冷気、春のやわらかいそよ風、刺すような夏の日差し、落ち葉がが流れる秋の路地・・・都会に住む人にも、田舎に住む人にも、等しく季節は巡ってきます。

四季を描いた曲といえば、学校で最初に親しむヴィヴァルディの《四季》やピアソラの《ブエノスアイレスの四季》がありますね。しかし、一年の12か月を音楽的に描写した作曲家は、意外と少ないようです。有名な例ではチャイコフスキーが《四季―性格的作品集》(1876)という曲集で各月の風物を描いています。チャイキフスキーが直接知っていたかどうかは分かりませんが、フランスのピアニスト兼作曲家シャルル・ヴァランタン・アルカン(1813-1888)も1830年代の終わりに《12か月》という曲集を発表しています。

1813年にパリで生まれたアルカンは、パリ音楽院でソルフェージュ、ピアノ、オルガン、対位法・フーガ、伴奏法、オペラ作曲のクラスに在籍し、いずれの学科でも優秀な成績を収める飛び抜けた才能の持ち主でした。パリではショパンやヒラー、リストなど外国から来る若い才能の士と交わり、ことにショパンとは表面的な作曲技法や様式といった次元を越えた宇宙で結ばれていました。昨日紹介した19世紀のパリ音楽院教授のマルモンテルは、後年、二人の関係を次のように回想しています。

「ショパンはみやみに愛情をふりまく人ではなく、ごく少数の芸術家だけを自らの友と認めて好意を示したが、そんな彼はアルカンのことをヴィルトゥオーゾ、作曲家として極めて高く評価していた。二人が相互に抱いていた共感は、因習的、古典的な美しさに勝る美にへの信仰、凡俗なものや月並みなものに対する嫌悪からきており、こうしたことがこの二人の名士の魂を結びつけていた。」

今日、19世紀ピアノ音楽の研究者たちの間では生涯に亘って既存の様式、形式からの逸脱しながら独自の音楽語法を探究したことでしばしば研究の対象にもなっていますが、ピアノ教育の世界で一般的なレパートリーとして定着するには、まだ時間がかかりそうです。過度に難しい演奏技巧で曲を書いたというイメージが先行しているのが一つの要因ですが、アルカンの作品カタログを最初から最後まで目を通せば、多くのピアニストの手に負える作品は少なくありません。

本日の一曲はアルカンの《12か月》から第5曲(5月)のセレナードです。セレナードは男性が恋人の家の窓辺でギターやマンドリンを奏でながら歌う恋愛の唄です。モーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》で主人公がマンドリンの伴奏にのせて歌う「窓辺に出ておいで Deh,vieni alla finestra」はこの典型です。アルカンのセレナードも、弦をつま弾くような伴奏にのせてメロディーが歌われます。揺らめく和声や後半の「言いよどみ」は歌う若者の恋焦がれる心を描写しているようで、とても効果的ですね。

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