ジョン・フィールド《ノクターン》第4番、イ長調

掲載日:2012年4月30日
執筆者:上田泰史
人間は物事を体系的に把握するために、分類をしたがります。例えば、生物を分類するときには目、科、属、種など下位区分を作って複雑な自然界の存在物をグループに分けていきます。因みに私たち人間は、ヒト科ヒト亜科ヒト属のホモサピエンスという種に分類されています。進化論で有名なダーウィンの『種の起源』の「種」は分類の一番末端にある分類、私たち人間で言うと「ホモサピエンス」のことです。
ところで、音楽にもいろんな分類がありますね。CDショップに行くとクラシック、ジャズ、ロック、ポップス、演歌、ヘビーメタル、アニメソング等など様々なコーナーが設けられています。一般に、分類されたグループはジャンルと呼ばれます(生物の分類では「属」が英語の「ジャンル」にあたります)。「クラシック」の中にはさらに編成によって交響曲、室内楽、独奏曲という区分があったり、形式によってリート形式、ソナタ形式、ロンド形式、あるいは作曲法によってはフーガ、カノンなどの多様な分類法があります。これらの区分の中でも、西洋芸術音楽の研究者たちは、音楽のスタイルに基づく区分のことを「ジャンル」ということが多いようです。
音楽ジャンルは時代や分類する人によって異なります。作曲技法や演奏技法、楽器の変化に伴って、ある時代になかったジャンルがある時ふと現れたり、時代を経るうちに消えていくジャンルもあります。
ピアノが急速に発達した19世紀前半、にわかに表れたジャンルに「ノクターン」があります。日本語ですと「夜想曲」と訳されています。歌謡曲のタイトルにも時折用いられますので、きっとこの言葉くらいは聞かれたことがあると思います。19世紀のピアノ音楽では、ノクターンはゆったりとして瞑想的で、歌うような小品を指しますが、18世紀に「ノクターン」というと、むしろ夕食の席で管弦楽によって演奏される陽気なバック・グラウンド・ミュージックで、「セレナード」や「ディベルティメント」と殆ど同じ意味で用いられていました。モーツァルトの有名な「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」は直訳すれば「小さな夜の音楽」です。とても洗練されてはいますが、これも一種の余興音楽としての「ノクターン」に分類することができます。
ピアノのノクターンが成立したのは19世紀初期のことです。ジャンル名は18世紀から受け継いでいますが、19世紀のノクターンは余興音楽ではなく、むしろメランコリクでゆったりとしたテンポの小品を指します。ロマン主義の芸術潮流の中で「夜」は夢、幻想、瞑想、死、悪魔、恋愛など、内面的なイメージと強く広く結びついて作品の題材に取り上げられました。既に18世紀のイギリスでは詩集『夜想Night Thoughts』で有名なエドワード・ヤング(1681~1765)に代表される「墓畔派」と呼ばれる詩人が夜墓場で瞑想にふけるというシチュエーションを取り上げこの流れを先取りしています。19世紀のノクターンに命を吹き込んだのは、音楽的な伝統というよりは、こうした夢想を指向する芸術的潮流でした。
ピアノのノクターンを最初に多く出版したのはアイルランド出身のピアニスト兼作曲家ジョン・フィールド(1782~1837)でした。フィールドは既に以前ご紹介したクレメンティの弟子で、師と同様、ヨーロッパ中を旅行し、「ビロードのように滑らかで美しい音色」によって彼に続く多くのピアニスト兼作曲家たちを魅了しました。
フィールドは番号付のノクターンが16曲、番号なしのノクターンが少なくとも2曲あります。フランツ・リストは後にフィールドの18曲のノクターンを自らの手で編集していますし、ショパンはフィールドのノクターンをモデルにしつつ、21曲のノクターンで新境地を開きました。本日ご紹介するノクターンはショパンがまだノクターンを書く以前、1817年に出版された作品です。あたりが静まり返ったころ、そっと耳を傾けてみてはいかがでしょうか。写真はフィールドの肖像です。