ピティナ調査・研究

41. 「30番」再考 ~ 第13番 :「紡ぎ歌」

「チェルニー30番」再考
第二部「30番」再考
41. 「30番」再考 ~ 第13番 :「紡ぎ歌」

2011年に音楽之友社から出版された「チェルニー30番」の巻頭に置かれた各曲解説で、作曲家の末吉保雄先生は第13番は様式について次のように述べています。

この曲は紡ぎ歌のスタイルをしています。昔は、糸ぐるまをくるくる回して糸を紡ぎました。根気のいる作業なので、気をまぎらわすために歌を歌いながら働いたそうです。シューベルトにも、メンデルスゾーンにも「紡ぎ歌」と題した曲があり、この曲と同じように、ピアノが糸ぐるまの回転をイメージさせるような動きをします。(中略)「チェルニーの紡ぎ歌」と名付けるにふさわしいでしょう。

この解説には筆者も全く異存はありません。ここに言及されているメンデルスゾーン「紡ぎ歌」は、1845年に出版された彼の6集目の『無言歌集』作品67の第4曲です。

♪ 参考音源 メンデルスゾーン《無言歌集》作品67-4(1845)
演奏:海野 春絵

出版以来、多くのピアニストが演奏し、他の楽器用にも編曲されてきた有名曲ですが、タイトルそのものはメンデルスゾーン自身が付けたものではありません。それでも、19世紀のうちから、「紡ぎ歌」という通称で親しまれ流布していました。メンデルスゾーンも親交があったゲーテによる戯曲『ファウスト』には、主人公ファウスト博士に運命を翻弄されるグレートヒェンというヒロインが登場します。彼女が糸を紡ぐ場面は同時代の多くの作曲家たちに着想を与え、一つの典型的な題材として性格小品にしばしば取り上げられました。下の図は、メンデルスゾーンやリストと友好関係にあったヨアヒム・ラフ(1822~1882)という作曲家によるピアノ曲『糸を紡ぐ女』の表紙です(パリ、アメル社、1881年)。

表紙


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当時の人々が「糸を紡ぐ女」といえば、貧しく若い女性が糸車をまわすこのような情景だったことが分かります。さて、メンデルスゾーンの「紡ぎ歌」ハ長調では、絶え間なく回る糸車のように、右手、左手は交互に急速な16分音符を演奏します。


F. メンデルスゾーン〈紡ぎ歌〉作品67-4, 第1~8小節
譜例

一方、チェルニーの場合はロ長調で同じ6/8という拍子で書かれ、やはり無窮動風の動きが最後まで右手で一貫して演奏されます。


C. チェルニー《30のメカニスム練習曲》 作品849 , 第13番, 第1~8小節
譜例

チェルニーの13番にも「紡ぎ歌」という標題こそありませんが、「極めて生き生きと軽やかに Molto vivace e leggiero」という楽想表示もまた、勢いよくカラカラと回る糸車の動きを描写することを示唆しているようです。このように、第13番には同時代の描写的な性格小品の特質がよく現れているということができます。

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