38.「30番」再考 ~ 第6番:重力に逆らって舞う舞踏的スタイル―森の情景
今回は、「軽快なアレグロ(Allegro leggiero)」という指示を持つ6番のスタイルに注目してみましょう。
ここでは、2つの特徴に注目して様式を解釈していきます
まず、この曲では右手に上下に動く断片的な音階が4回提示され、その後に1オクターヴ半を一息に下る音階が続きます。
各断片の末尾にスタッカートを伴う軽快な右手は、下りたかと思うとまた上昇する、ひらひらと舞う蝶か木の葉のようです。しかし、その動きは決して不規則ではなく、律動的でちょうど重力に逆らって舞うバレエ・ダンサーのようです。
主観的な比喩を多用しましたが、この冒頭の舞踏的リズムに、情景的なイメージを喚起する響きが主題回帰の直前に現れます。譜例2は第16~20小節にかけて左手に現れるホルンの音型です。
5度(ソ-レ)から3度(ド-ミ)に進行する完全5度の音程は「ホルン五度」と通称される音程で、オーケストラのホルンパートによく登場します。オペラやバレエの舞台でこの音型が出てくればそれは直ちに狩りの情景や森の情景が問題となっていることが観客に分かります。
ところで、実は、この練習曲によく似た練習曲が、チェルニーよりも9年早い1847年にフランスで出版されています。それは、パリで活躍していたフランスのピアニスト兼作曲家、アンリ・ラヴィーナ(1818~1906)の《様式と向上の練習曲集》作品14という作品の第1番です。まずは聴いてみましょう。
ラヴィーナは非常に豊かな和声、卓越した演奏技量と洗練された都会的趣味で当時の演奏会、サロンにおいて非常に重視された音楽家でした。では、以下の譜例の冒頭と上のチェルニーの冒頭を比較してみましょう。
ラヴィーナの場合は、36分音符の音階と分散和音が交互に配置されますが、上行・下行を交互に繰り返し、フレーズの終わり(第4~6小節)にかけて連続的な音階が配置されている(但しラヴィーナの場合は上行形)点はチェルニーと全く同じです。性格的な観点から見れば、両者に共通する特徴は、「軽快leggiero」さです。ラヴィーナの例では、冒頭に「飛びまわるようなアレグロAllegro volteggiando」というテンポ表示が記され、さらに曲の開始部分には「ショルトSciolto」とあります。この単語は、縛りから解かれて自由な、身軽な、という意味の言葉です。つまり、重力に逆らって、ひらひらと自由に舞うというニュアンスが指示されています。
更に、チェルニーの「特徴2」で見たホルンの音型もラヴィーナの練習曲、しかも再現部直前という同じ位置に現れます(譜例4)。
さて、今回の比較から導き出せるのは、チェルニーの第6番はフランス的な明るく洒脱な様式の練習曲から様式とメカニスムの骨組みを抽出し、要約したのではないか、という仮説です。これまでの連載で見てきたように、第6番以前にはバロックのジーグやドイツ=オーストリアの伝統的歌唱旋律や重唱の様式が反映されていましたが、ここにはフランスの「粋な」スタイルを見て取ることができます。伝統的で国際的なスタイルの統合―そんなチェルニーのイメージが少しずつ見えて気がします。この視点に立って、残りの練習曲には時代のどんな特徴が反映されているのか、引き続き見ていきましょう。