27. チェルニー練習曲, タイプ③~《6つの練習曲, またはサロンの楽しみ》 作品754(後半)
この練習曲集には、オクターヴの練習を兼ねた即興的な〈トッカータ〉、同じく急速なオクターヴの連続からなるナポリの舞踊〈タランテッラ〉、オクターヴと手の跳躍が課題とされる舞踏的な〈スコットランド風即興曲〉が続きます。前回の最後に、第一番がロマンスのスタイルで書かれていることに言及しましたが、第5番はまさしく〈ロマンス〉と題されています。
「ロマンス」は18世紀からフランスで独唱と伴奏楽器のための音楽として成立したジャンルで、19世紀のサロンでは社交的な音楽実践に欠かせないジャンルとして発展しました。ロマンスは感傷的、陽気、英雄的など様々な性格の歌詞をもちます。声楽のためのノクターン―ピアノ以前にノクターンは声楽ジャンルとして存在しました―も時に独唱または2声で歌われ、ロマンスの一種です。メンデルスゾーンが書いた数々の《無言歌》はフランス語では “Romance sans paroles”(「歌詞のないロマンス」)と呼ばれ、旋律的で性格的小品としてピアノ曲の主要ジャンルとして普及しました。「感情的なアンダンテ」と冒頭に記された第5番のロマンスは「表情豊かにespressivo」と書き込まれたノクターン風の装飾的な旋律、分散和音の伴奏で始まります。
この冒頭の柔和な身振りは、中間部の遠隔調で提示されるイ長調のエピソードで敏捷な走句によって引き立てられる華麗な性格へと一転します。
こうした雰囲気の変化は、小曲を一つの物語として劇的に仕上げる巧みな構成と言えます。
この曲集を締めくくる第6番〈情熱的な即興曲〉は複合三部形式からなるト短調の小曲です。ベートーヴェンの《熱情ソナタ》作品57(1803年作曲)に代表されるように、「熱情passion」は短調と結び付けられました。とくにソナタにおいては、《熱情ソナタ》の調性ヘ短長で書かれたソナタも少なくありません。フランスのC.スタマティ(1811-1870),ボヘミアのユリウス・シュルホフ(1825-1828)は二人ともヘ短調のソナタを書いていますし、チェルニー自身も狙ったかのように《熱情ソナタ》と同じ作品番号(作品57)でヘ短調のソナタを出版しています。
チェルニーの〈情熱的な即興曲〉は、ト短調で書かれていますが、そこでベートーヴェンのソナタ第17番(「テンペスト」)のニ短調のフィナーレと良く似た音型を用いています。
ベートーヴェンの弟子で、師の作品に精通していたチェルニーが練習曲という文脈にシリアスなソナタのフィナーレ風のパッセージを持ってきたのは、興奮のあまり息切れしたようなこの旋律のリズムが「情熱」という性格に最も相応しいと考えたからかもしれません。しかし、作曲家チェルニーはいつまでも師の着想に頼り続けることはしません。冒頭の旋律フレーズは、17小節目で変ロ長調に転じ、厚い和音を重ねたシンフォニックな響きを作り出します(譜例5)。
29-30小節目で主題が回帰する直前には、この交響的な響きのなかに主題の断片が現れています(譜例5、最後の2小節)。このように、ベートーヴェン風の着想を用いつつもチェルニーは、細い線で描いたようなほっそりとした即興的な主題とシンフォニックな着想を対比させながら、限られたページの中で劇的な対比を生み出しています。