ピティナ調査・研究

7. 練習曲étudesと訓練課題exercicesの再定義 (1839) その1

「チェルニー30番」再考
第一部 ジャンルとしての練習曲
~その成立と発展(1820年代~30年代)
7.練習曲étudesと訓練課題exercicesの再定義 (1839) その1
訓練課題は、旋律的な曲の形式をとらない点で練習曲とは異なる by F.フェティス

練習曲をとりまくめまぐるしい状況の変化を受けて、1830年代には練習曲と訓練課題が再定義され、明確に区別されるようになります。ベルギーの音楽著述家、理論家、作曲家であるF.-J. フェティスは、愛好家向けに書いた―とはいえかなり専門的な―『万人にわかる音楽』(1830初版)という音楽解説書の増補改訂版(1839)の「訓練課題exercices」項目で、練習曲と訓練課題の違いを次のように説明しています。「訓練課題exercices:声楽の練習または楽器演奏用の難しい走句を集めたもの。訓練課題は、一般的に、多かれ少なかれ旋律的な曲の形式を一切とらない点で練習曲étudesとは異なる※1。」さらに同書の「練習曲」の項目では、特に声楽の練習曲は「ヴォカリーズ(母音唱法)」と呼ばれる、と書かれています。1830年代を経て、「練習曲」は器楽特有のジャンルとしての格が備わり、訓練課題とは、旋律的であるか否か、という点で概念上、決定的に区別されるようになったのです。

ここで、訓練課題と練習曲の違いを端的に示す実例を見てみましょう。以下の譜例は、1831年にパリで出版されたカルクブレンナー《手導器の補助を借りてピアノを学ぶためのメソッド》作品108に収められているオクターヴの訓練課題と練習曲です。まずは譜例1の訓練課題をご覧下さい。


F.カルクブレンナー:『手導器の補助を借りてピアノを学ぶためのメソッド』作品108より、オクターヴの訓練課題
譜例

最初の訓練課題は、オクターヴの連打と二度、三度までの音程を扱います。右下の説明欄にはこう書かれています。「他の走句を練習するまえに、この訓練課題を何度も練習しなければならない。それは、手首でそれらを十分確実に演奏できるようにするためである。」オクターヴを「手首で」演奏するという美学はこの当時、パリの音楽家たちに支持されていました。リストに代表される若い世代から状況は少しずつ変化し、19世紀の後半には、パリでも腕の使用が推奨されるようになります。
この訓練課題に続いて、幾つもの音階のバリエーションが提示されます。


F. カルクブレンナー:『手導器の補助を借りてピアノを学ぶためのメソッド』作品108より、オクターヴの訓練課題
譜例
フレデリック・カルクブレンナー
フレデリック・カルクブレンナー
(1785-1849)

ご覧のとおり、2オクターヴにわたるオクターヴの音階が一段目に提示され、二段目からは両手の下方、上方に三度が加えられます。三段目の最後は両手が対照的な動きをします。このように、訓練課題は短く簡潔で、機械的な反復練習のことを指します。フェティスの指摘するように、決して「旋律的」ではありません。このあとには、オクターヴのグリッサンドや跳躍、分散和音の訓練課題が続きます。

 それでは、次回はこの練習課題のテクニックが、実作品としての練習曲でどのように用いられたのか、カルクブレンナーのメソッドに収められた練習曲を例に見てみることにしましょう。


  • F.-J. Fétis, La musique mise à la portée du tout le monde, Paris, Brandus et Cie, 1839, p. 333.