「最も成功したバッハ」第三回 ロンド
C.Ph.E.バッハのクラヴィーア作品
執筆:佐竹那月
C.Ph.E.バッハ《専門家と愛好家のためのクラヴィーア曲集》(以下、《専門家と愛好家》)全6巻のうち、第1巻ではソナタ6曲が、第2, 3巻ではロンド3曲、ソナタ3曲が、第4〜6巻ではロンド、ソナタ、ファンタジアが2曲ずつ(第4巻のみロンド3曲)収められています。ロンド、ソナタ、ファンタジアがひとつの曲集にまとめられていること自体が非常に珍しいだけでなく、前回までの連載でも述べてきたように、これら3つのジャンルは様式の点でも互いに影響を与え合っていると言えます。
器楽のためのロンド、C.Ph.E.バッハのジャンルへの貢献
器楽のためのロンドは、ロンド主題と1つ以上のクプレが交替していくという形式を基本的にとっています。17世紀フランスで、ルイ・クープラン(c. 1626~1661)、シャンボニエール(1601/2~1672)らによるクラヴサンのための小品やJ.-B.リュリ(1632~1687)のオペラで、ロンド形式が取り入れられるようになったのが始まりです。18世紀後半には、ヨーロッパ全土において重要な器楽の形式の一つとなりました。

- ロンド主題(A)が繰り返し現れ、統一感を生み出す。
- 各クプレ(B、C等)は異なる調性や性格をもつ。ただし、ソナタ・ロンド形式における広範のBは主調であることが多い。
C.Ph.E.バッハも、18世紀後半に、単独作品または多楽章ソナタの一楽章としてロンドを創作し、人気を博しました。例えば、ベルリン時代に作曲された《音楽の肖像画》〈La Gleim〉H.89, Wq.117/19(1755年作曲)のような性格小品は、フランス風のロンドです。一方、晩年に出版された《専門家と愛好家》の創意に溢れたロンドはすでに同時代の間から話題を呼び、彼の革新的なロンド形式をめぐって、J.N.フォルケル(1778年)やA.F.C.コールマン(1799年)らによって議論が巻き起こりました。《専門家と愛好家》のロンドの主な特色は、ロンド主題が、主調だけでなく様々な異なる調で繰り返されることとしばしば言われ、ロンド主題部とクプレの明確な区分が難しい箇所も少なくありません。第5巻より〈ロンド ハ短調〉H.283, Wq.59/4(1784年作曲)を例に見てみましょう。
第1〜9小節でロンド主題が提示され、第10〜18小節では変奏を伴いながらそれが繰り返されます(【譜例1】)。ロンド主題が再現するたび、(時に大胆なアレンジを伴った)多様な変奏が楽しめるのも、C.Ph.E.バッハのロンドの魅力の一つです。

その後、クプレとロンド主題の交替を数回経て(A-B-A-C-A)、第66小節から新たなクプレ(D)が始まります。第77小節からハ短調でロンド主題が始まったかと思いきや、第81小節からは嬰ヘ短調で、第85小節からは変ホ短調で主題の断片が現れては消え、向かうべき方向を見失っているように見えます(【譜例2】)。それから、第87小節以降、いくつかの転調の技法を用いながらダイナミックなクプレを形成し、最後にもう一度ロンド主題が回帰して(第96小節〜)、曲が締めくくられます。不思議な終わり方も必聴です。

筆者おすすめの名盤は、マルク=アンドレ・アムランの「C.P.E.バッハ:ソナタ&ロンド集」(2022年)です。《専門家と愛好家のためのクラヴィーア曲集》第3〜6巻よりソナタ、ロンド、ファンタジアも収録されています。17〜18世紀、ロンドの主題と言えば明快で朗らかな旋律が主流でしたが、C.Ph.E.バッハのよく知られた《ロンド ホ短調―わがジルバーマン・クラヴィーアとの別れ》H.272, Wq.66(1781年作曲)ではその名の通り、バッハが晩年まで愛奏していたジルバーマン製のクラヴィコードとの別れへの深い悲しみを表現するように、ゆっくりと闇に沈んでいくような曲調が曲全体を支配しています。
- Forkel, Johann Nikolaus. 1778. Musikalisch-kritische Bibliothek. Bd. 2, Gotha: Ettinger.
- Kollmann, Augustus Frederic Christopher. 1799. An Essay on Practical Musical Composition, According to the Nature of That Science, and the Principles of the Greatest Musical Authors. London.
- Leisinger, Ulrich, David Fallows, and Elizabeth Aubrey. 2016. "Rondeau – Rondo." In MGG Online, edited by Laurenz Lütteken. https://www.mgg-online.com/mgg/stable/535203 (Accessed 30 Jul. 2025.)
- Bach, Carl Philipp Emanuel. 2009."Kenner und Liebhaber" Collections II. Edited by Christopher Hogwood. Los Altos, California: The Packard Humanities Institute. (Carl Philipp Emanuel Bach: The Complete Works, Series I: Keyboard Music, vol. 4.2.)