ピティナ調査・研究

第39回 ジュリオ・カッチーニ『アヴェマリア』

今月、この曲
ジュリオ・カッチーニ『アヴェマリア』

ミュージックトレード社『Musician』2013年12月号 掲載コラム

楽譜画像

12月、暦の上では師走と呼ばれ、一昔前の気忙しさとは違う現代社会に身を置く私達ではありますが、ひと時、心身が休まる時間を持つ事は人として大切な事です。日本で師走の曲といえば九割方、「第九」という答えが返ってくるでしょうが、私が推薦するのは、「カッチーニのアヴェマリア」です。

イタリアの作曲家ジュリオ・カッチーニの代表曲とされていますが、実際は1970年頃、ソ連音楽家ウラジーミル・ヴァヴィロフによって作曲された歌曲です。ルネッサンス音楽初期からバロック音楽初期におけるカッチーニ。出典が明確でない、楽譜も録音も90年代前半まで知られておらず、入手できる版譜は全て編曲を経た物でカッチーニ集に載ってないこと、「AveMaria」を繰り返すだけというのがバロック様式と相容れないとされています。

私の推薦は吉松隆氏が舘野泉氏の為に左手のみで演奏する為に書いた物です。彼の演奏を聴いた私は即虜になりました。余りにも美しく温かい音と響きで歌い上げられ涙するニュアンスがありました。メロディラインは単音から始まるのですが伴奏となる分散和音は10度以内で静寂な動きです。9小節からは10度圏内の和音となり厚みが増します。このまま盛り上がるのかと思いきや、次の8小節は落ち着くハーモニーが登場しますが、突然、24小節目のオクターブ。ここからの8小節は天を仰ぎ見る大きな心で歌い上げます。次の8小節は他の編曲にもよく出てくるシンコペーションが登場、二度目の大きな波が来て、メロディも伴奏の動きも重音となりたっぷり表現したい所です。後奏は柔らかな重音が柔らかな単音へと移り、天にも昇る穏やかな音楽が終りを告げます。

私は6月に右半身を痛め、3か月間右手が使えませんでした。7月にどうしても弾かざるをえなかった時、この曲を弾き、沢山の感激の言葉を戴きました。この曲には感謝や希望や勇気を与えてくれる力があると信じています。