第26回 ラヴェル 『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』
5年間パリに留学していた娘、真季の想い出の記より
フランスのバカンス(休暇)は実に多い。9月の終わりごろから新学期が始まったかと思うと、10月終わりにはもうToussaint(諸聖人の日)のバカンスが約2週間続き、その度にパリから日帰りで行く電車の旅を楽しんだことを思い出す。中でも特に想い出深いのが、パリから電車で40分ほどで着くモンフォール・ラモリの街のラヴェルの家である。1921年?1937年の死までを過ごしたこの家で、ボレロや2曲のピアノ・コンチェルトなどを書いた。
駅からの道のりは遠く、太くまっすぐに伸びる道の両脇にはひたすら農地が広がり、空の広さに気づかされる。ようやく石畳のかわいらしい住宅街に入り、遠くには教会の屋根が見えるころ、寒くなり始めている10月末でも身体はホクホクになっている。
ラヴェルの家は教会の近くの高台にあって「ベルヴェデール(展望台)」と呼ばれ、その名の通りの屋根が目印だ。予約をしておくとマダムが案内してくれる。ラヴェルが友人を招いて食事をしたという部屋の窓を、とっておきのものを見せるようにマダムが開くと、そこには地球のわずかな丸みが分かるほどの大パノラマと、そこに広がる日本のとはまったく違う森が......。木々の中から自然と音がこちらへやってくるような感覚に陥る。あの森の中に、「鏡」の悲しき鳥や「マ・メール・ロワ」の親指小僧らが住んでいるような、それほどラヴェルのインスピレーションの森のような風景なのだ。
ヴァイオリン・ソナタの1楽章を弾く度、その風景が脳裏に広がる。まるで自分が鳥になったように森の上空を旋回し、森の向こうから昇ってくる太陽、その光に温かく包まれる瞬間は、幸福ながらも切なさが混じっている。目の前に広がる日本にはない景色に、手が届きそうで届かない切なさも入り混じって......。