ピティナ調査・研究

第20回 藤枝守『植物文様』

今月、この曲
藤枝守『植物文様』(音楽之友社)

ミュージックトレード社『Musician』2012年3月号 掲載コラム

楽譜画像

寒くて雪がたくさん降った長い冬でした。北陸に住む私は毎日雪かきに追われ、腰をかがめて氷の上を歩きました。しかし春が来て、樹木には緑色の芽がふき、草花は固い地面から起き上がる。植物の生命力はすごい。草木は生きている。生きている植物の声が音楽になりました。

「植物文様ピアノ曲集」には、まるで蔓草文様のような美しい旋律の小品が20曲集められています。いずれもケルト風、あるいはバロック風の精緻な曲です。譜面もデザインされたようにシンプルで美しい。まずはリズムを忠実に弾くように心がけましょう。見た目よりも複雑なリズムです。スラーで示されたフレージングをたどれば、旋律のパターンが浮き上がります。私のお気に入りは選集?のパターンDと選集?のパターンA。主音はどちらもレですが、音階も性格も構成も違う2曲。3声から4声へ広がり再度3声にもどって、終止は5度の響き。旋律をたどってゆくと、ポイントで響く独特の和音が耳を開きます。

作曲家の藤枝守さんは「植物文様」シリーズで植物の声をメロディにしました。人もふくめて、生き物は微弱な電気を発しています。プラントロンという装置を使って、葉の表面から電気の変化を読み取ります。じっとして動かない葉に電極をつなぎ、プラントロンが刻々とデータを表示してゆく様子は、それだけで深い思想を秘めた神々しいアートのようでした。そのデータをどうやって音楽にするかが作曲家の仕事。藤枝守さんの繊細な感覚で注意深くメロディに写された植物の声は、さらに巧妙に配置され、一曲となります。文様のパターンのように、上下に連鎖して進んでゆくメロディ。

「植物文様」にはクラヴィコードの録音があります(演奏:砂原悟 Milestone Art Music 2008年)。調律も平均律ではなく、バッハ時代の古い調律。独特な調性の変化や和音の響きが、ピアノとは違う世界を切り開きました。

新しい季節のはじまりに、耳を開いて植物の声を聴いてください。あなたのお気に入りの文様を、曲集の中から探しましょう。

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