ピティナ調査・研究

第14回 浸れるメロディ

今月、この曲
浸れるメロディ

ミュージックトレード社『Musician』2011年10月号 掲載コラム

楽譜画像

1892年に19歳の若き新進作曲家ラフマニノフが作曲した嬰ハ短調の『プレリュード』、俗称"鐘"。この曲がきっかけとなり、彼の名は世界中に知れ渡る事になりました。彼は演奏会を開くたびに、必ずこの曲を演奏するよう求められたそうです。ラフマニノフは好評だった『プレリュード』に4曲を新たに加え、幻想小曲集op.3としてまとめ上げました。曲集の中で『エレジー』と『プレリュード』は有名ですが、今月は意外と秀作な3曲目の『メロディ』を紹介したいと思います。

この『メロディ』、作品の誕生から約半世紀後、ラフマニノフが亡くなる3年前に改訂されています。改訂といっても大きな変更箇所はたった10小節ほど。秀逸なメロディや和声に変更は少なく、才能は若い頃から揺るぎないものであった事を感じさせられます。そして作品の変貌ぶりは本当に素晴らしく、改訂版に出会ったら初版での演奏は遠慮したくなってしまうほどで、晩年の実力が遺憾なく発揮されています。

初版で単純な和音の連打だった伴奏は美しい分散の動きに姿を変えます(もう、この伴奏の動きだけでもグッときてしまいます)。息の長い旋律は、暖かい空気がゆったりと舞い上がるように歌い上げられていきます。広大な空間を漂い始めたメロディは揺れ動き、複雑な心情と共に次第に解き放たれ、力強い絶頂を迎えます。回帰した旋律は愛らしく、そして名残惜しく奏でられ、純真に切なく、繊細に終止します......。

ラフマニノフの音楽は、いたるところに浸れる瞬間があり、それは演奏しても聴いていても醍醐味の一つと言えます。楽譜にはアーティキュレーションが細かく指示され、それを深く読み取る事でどのように表現すれば浸れるのかが理解できます。力強く、叙情的な『メロディ』にみなさまも是非浸ってみて下さい。

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