第5回 ドビュッシー『夢(夢想)』
正月になると、どんな初夢を見たかということが話題に上ることも多いと思います。夢占いによりますと、心地よい音楽が流れる夢は心の状態が安定して運気が上向いている象徴だそうです。そこで、今回は夢に因んだ名曲としてドビュッシー作曲のピアノ小品「夢」(夢想とも呼ばれます)を取り上げてみようと思います。
ピアノのレパートリーとしてだけではなく様々な楽器用にもアレンジされ、またCMで使われるなどして広く親しまれているこの曲は1890年頃に書かれました。
ドビュッシーは、1889年のパリ万国博覧会でジャワのガムラン音楽に接して衝撃を受けたことなどをきっかけに、しだいに伝統的なクラシック音楽から離れて新しい音楽の可能性を追求し始めたと言われています。その時期の作である「夢」にも、ドビュッシー青年時代の音楽的特徴である淡いロマン性に加えて、例えばシ♭-ド-レ-ソの4つの音を繰り返すだけの冒頭の伴奏音型、また長調とも短調とも判断し難い一種の旋法のようなメロディーなど、後の「印象派・ドビュッシー」を予感させる傾向が認められます。小品ながら不思議な存在感とキャラクターを誇る「夢」ですが、その魅力はもしかするとそのやや複雑な成立過程によるものかも知れません。
さて「夢」は、ドビュッシーのピアノ曲としては読譜、またテクニックの点から見ても比較的取り組み易い方だとは思いますが、演奏に際しては円熟期の作品「版画」「映像」などの場合と同じように、色彩的な音色を表現するための繊細なタッチとペダリング、およびハーモニーの変化や転調に即座に応えるセンスが求められます。しかし、何よりも大切なことは、まさに夢見るような美しいソノリティ(響き)を十分楽しみながらピアノに向かうことではないでしょうか。
まどろむ幼子のような優しさ、柔らかさを音に描き出したこの「夢」を奏でつつ、穏やかな気持ちで新しい一年を迎えることができればと思っています。