ピティナ調査・研究

第77回 ヘンデル『サラバンド』

今月、この曲
ヘンデル『サラバンド』

ミュージックトレード社『Musician』2017年2月号 掲載コラム

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年始の晴れ晴れした華やかさとあわただしさも去り、人々の活動が一年の中で最も消極的になる2月を迎える。そんな今月号でご紹介するのは、この月を誕生月とするヘンデルの小品「サラバンド」だ。
ヘンデルは1685年2月23日ドイツ生まれ。バッハとは同い年であり、オペラやオラトリオ曲、教会音楽、管弦楽などの器楽作品まで実に膨大な数の作品を書き上げている。ヘンデルの活躍したバロック時代は、まだピアノが生まれる前であるから、現在ピアノ学習者が目にするピアノ用のヘンデルの作品は、すべてチェンバロ用に書かれたものである。

そのチェンバロ(ハープシコード)のための音楽だけでも280曲が残っている。そんな中でピアノ指導者や学習者に馴染みのあるのは「調子の良い鍛冶屋」ではないだろうか。どうも「鍛冶屋」という題名が誤解を与えている感が否めないのだが...。

この曲はソナチネ程度のテクニックがあれば弾きこなせる、非常に美しい変奏を伴った軽やかな曲だが、私はこの曲ではなくあえて「サラバンド」を紹介したい。正式名は「ハープシコード組曲第2番HWV437第4曲『サラバンド』二短調」。ソナチネどころかバイエル終盤レベルでも弾けてしまう作品だ。

私はかつて県外から福島県に転入してきたのだが、地元の混声合唱団が主催する「ヘンデルのメサイア全曲を歌う会」の伴奏に携わり、長期に亘ってヘンデルの音楽と共に過ごした時期があった。メサイアの合唱曲はどれも非常に簡明な技法で書かれており、バッハのような技巧的複雑さが無いにもかかわらず、あらゆる感情に訴えかけ神々しいまでの荘厳さを醸し出していた。端正で単純であることから生み出される絶対的な美しさ。それがヘンデルの魅力である。

この「サラバンド」もある意味単純なのだが、無駄なものが極力省かれている所がどこまでも美しい。人には言えぬ深い哀しみや苦しみを抱えて心が疲れてしまった大人に、冬のひと時、暖かい部屋で静かにゆっくりと弾いて頂きたい一曲である。

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