ピティナ調査・研究

第5回 「チェンバロ文化」と「ピアノ文化」の分岐

ピアノ音楽が「古典」になるとき
第5回 「チェンバロ文化」と「ピアノ文化」の分岐

しかし、ほどなくピアノとチェンバロははっきりと区別されるようになっていきます。19世紀初頭には、フランスではグランド型のピアノは「クラヴサン型ピアノ」※1などと呼ばれるようになりました。タッチによる強弱、音色に対する趣味の変化、そしてチェンバロに比べてメンテナンスが容易であると考えられたこと※2などから、18世紀後半、ピアノは都市部を中心に貴族や裕福な市民の間に普及していきました。この時期、フランスはドイツから多くの移民を受け入れました。その中には音楽家や鍵盤楽器制作者もいましたが、なかでもジャン=キリアン・メルケン(1743~1819)は、有名なフランスのピアノ制作者セバスチャン・エラールに先んじてパリで最初にスクエア・ピアノを手がけた職人として知られています。彼の最初期のスクエア・ピアノは1772年に遡ります※3。エラールは1777年頃に最初のピアノを手がけていますので、ピアノはちょうど、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)やヨハン・ネポムク・フンメル(1778~1837)が誕生したころに、市民や貴族の間で需要が出始めていたことがわかります。エラールが製作する高品質のピアノは、王宮にも納品されていました。フランスの王妃マリー・アントワネットもエラールの顧客の一人で、そのスクエア・ピアノ(5オクターヴ)は英国のコッブ・コレクションに非常に良い状態で保存されています※4。王妃がピアノの教師として指名したのは、ドイツ生まれの音楽家ヨハン・ダヴィッド・エルマン(1760頃~1846)です。以来宮廷女性たちの贔屓となったピアノ教師エルマンは、パリを訪れた同時代の名手ダニエル・シュタイベルトと腕比べコンサートをしたことも知られています※518世紀末までに、ピアノは王室でも幅をきかせていたのでした。

ピアノがチェンバロにとって代わったのは、趣味の変化ばかりがその理由ではありません。楽器は社会的なシンボルでもあります。1789年のバスティーユ牢獄襲撃事件に端を発するフランス革命は、チェンバロの排除に拍車をかけました。贅沢な装飾が施されたチェンバロは貴族階級の象徴だったため、第一共和政の到来(1792年)とともに、過去の遺物となっていきます。1791年にフランスで出版された『系統的百科全書Encyclopédie méthodique』の音楽篇には、作曲家で音楽理論家のジョゼフ=ジェローム・モミニ(1762~1842)が手がけた「ピアノ(ピアノ=フォルテまたはフォルテ=ピアノ)」という項目があります。そこには、次のような説明が見られます※6

あまりに自動的な楽器であるクラヴサンを引き継いだピアノは、しかるべくしてクラヴサンに対して勝利を収めた。なぜなら、ピアノからフォルテまで拡がり――その名称はここに由来する――、[クラヴサンよりも]表情が付けやすく、扱いやすいからだ。(中略)
ハンマーの得がたい利点は、それをコントロールする者の命ずるままに作動するということだ。ハンマーにはピアニストの機転が伝わる。それは一種の魔法の如き生気で、音が次々にあらゆる性格を纏わせる。

時代の文脈を考慮すると、「ハンマーの得がたい利点は、それをコントロールする者の命ずるままに作動するということだ」という文言を、象徴的な表現として解釈することもできるでしょう。タッチによって音を作ることができるということは、奏者が音楽の主人であるということです。音楽は王の意のままに鳴り響くのではなく、個々の奏者の理性に従って立ち現れる。19世紀初頭、ピアノは市民のシンボルとして、また台頭しつつあったロマン主義の思潮に合致する、表情豊かな楽器として、ピアノはチェンバロにとって代わって行きました。以後、フランスの音楽家たちが本格的にチェンバロという楽器を振り返るようになるには、20世紀の初頭を待たなければなりません。


注釈
  • 「クラヴサン型」という呼び方は、たとえばエラール社のピアノに対しては1790年代から1830年代まで用いられていました。Cf. René Beaupain, La maison Érard : manufacture de pianos 1780-1959. Paris, l'Harmattan, 2005.
  • 同じ新聞記事に、このように書かれています。「この楽器は、非常にタッチが容易で、維持がしやすい。他のクラヴサンに比べてプレクトラムがないのだ」
  • Marie-Christine et Jean-François Weber, J. K. Mercken : Premier facteur parisien de piano-forte, Delatour France, Sampzon, 2008, p. 48.
  • コッブ・コレクションの下記サイトを参照(外部サイトに飛びます)。https://www.cobbecollection.co.uk/collection/12-marie-antoinettes-square-piano/
  • François-Joseph Fétis, « Hermann (Jean-David) », Biographie universelle des musiciens et bibliographie générale de la musique, Librairie de Firmin-Didot et Cie, 1878, t. 4, p. 305.
  • Jérôme-Joseph de Momigny, « Piano. (Piano-forté ou forté-piano), Encyclopédie méthodique. Musique, vol.2, Paris, chez Panckoucke, 1791, p.267.