ピティナ調査・研究

ショパン国際コンクール(36)自分で答えを探すためにー演奏の創造へ.5

第15回ショパン国際コンクールから早や半年。すでに2020年に向けて、ショパン作品研究に取り組んでいる方もいるでしょう。これからの時代は、自分の視点を創り、自ら表現することがますます大事になります。そのためにはどうすればよいのか、今回のコンクールを含め、様々な国際コンクールでインタビューしたアーティストや教授の言葉を引用しながら考えてみました。以下「5つのS」にまとめましたが、遅ればせながら最後のSをご紹介させて頂きます。また続けて、今年2月に開催されたショパン研究第一人者ジョン・リンク先生(第15回ショパンコンクール審査員)の来日講演リポートをお届けします。

自分の視点をみつける5つの"S"

1.Step Back(ステップバック) :「今」の視点から、一歩離れてみる
2.Stretch(ストレッチ) :視野を縦横にぐっと広げてみる
3.Search(サーチ) :感性でとらえたものを、調べて検証する
4.Select(セレクト):自分で選び取る
5.Spark!(スパーク):自ら探し、発見する喜びを幼少期から!

5. Spark!自ら発見する喜びを!小さい頃の体験や習慣も大事

●内なる美を発見してーディミトリ・アレクセーエフ先生

我々が音楽をすることの究極の目的は、音楽がもてる美しさの全てを、音楽の複雑さの全てを、くみ取ることだと思います。もし人格を持っていれば、それは自然ににじみ出てきます。音楽の内なる美を見出すこと、それが音楽家にとって一番大切なことですね。(2013年ヴァン・クライバーン国際コンクール審査員)

●生徒自身が発見するようにー永野栄子先生

(谷昴登さん)4年生の頃から自分で譜読みを進められるようになりました。「この音符や音型にはこういう意味がある」と説明すると、自分なりに研究しては『発見!』と題して、「こことここの音型は一緒だよ」「この音型だから、ここはきっと何かに悩んでいるんだよね」といった内容のメールを送ってきます。メンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソを弾いた時には、場面毎にシャガールの絵を思い浮かべて、「ここはこの絵」と当てはめていました。私が少しヒントを話すとそこから自分で発展させて、音符から音楽の意味を見出していくのです。(2015年チャイコフスキー国際コンクール関連取材にて)

●すべてを教えてくれた幼少期の先生―ジョン・ナカマツ氏

彼女(マリナ・デリベリー先生)が音楽の全てを教えてくれました。音楽の基礎だけではなく、作曲・理論・和声・オーケストレーションなどは相応の先生を紹介してくれました。彼女が学んだイランのテヘラン音楽院には当時ロシアやポーランド出身の素晴らしい先生方が沢山教えていて、そこで受け継いだ伝統的な教育を私にも伝えてくれました。室内楽も早い段階で経験させてくれて、幼い頃から大人のような音楽環境を整えてくれたと思います。学生時代はずっと彼女に個人的に習っていましたので、大学では違うことを勉強しようと思ったわけです。(2012年アロハ国際ピアノフェスティバル出演・講師)

●すべては音楽の中で学ぶ―シャルル・リシャール・アムランさん

5歳から18歳までルーマニア出身のポール・スルドレスク先生に習っていました。教室には子どもの生徒が多かったですが、上級レベルまで教えて下さいました。スケールやアルペジオなどのテクニック練習はほとんどせず、曲の中でエクササイズをしたので、自然な形で身についたのだと思います。また、小さい頃から想像力を鍛えてくれました。(2015年ショパン国際コンクール2位)

●耳と身体を動かして、音楽を受けとめる―ロシア編

音楽に合わせてのびやかに身体を動かすことから、芸術体験の一歩が始まる。楽器を弾いていても自分の内側から自然に音楽がにじみ出てくる感覚は、このような簡単なアクティビティから始まるのかもしれない。(2015年チャイコフスキー国際コンクール関連取材にて)

●耳と身体を動かして、音楽を受けとめる―フランス編

馴染みのない音楽や響きであれ、自分の身体をその音楽に合わせて動かすことで、耳と身体感覚を研ぎ澄ませるだけでなく、より高度な知覚の働きへと繋げることができる。自分が感じたことを紙に書きとめることも、重要なプロセスでしょう。(2009年「子どもの可能性をひらくフランスのアート教育」より)

●歌詞を創るという能動的な行為が引き出したものーデルフィーヌ・エリスさん

このワークショップを通して、子ども達は母国だけでなく、クラスメートの生まれ育った国々についても興味を持ち、また西洋文化の根底にあるギリシャ神話について、より親近感と情熱を持って接するようになったようです。またデルフィーヌさんが「子どもたちは本当に色々なアイディアを持っている」と仰るように、身近にあるものや子ども達自身をテーマにして"歌詞を作る"という能動的な行為は、彼らの想像力を十分に引き出しました。(2009年「子どもの可能性をひらくフランスのアート教育」より)

●先生への問いかけを多く、先生からの問いかけも多く

フランスの小学校や高校の教育現場で共通しているのは、児童や生徒自身の考えを発言させるため、質問が多く投げかけられています。そして発言することで、他人の興味や質問を喚起し、それに対して主張・補足、あるいは反論することで、自分の立場をより明確にしていきます。(2009年「子どもの可能性をひらくフランスのアート教育」より)

さいごに:すべてを結合するのは感性

パリ滞在中、偶然立ち寄ったマドレーヌ寺院の地下で『愛L'Amour Vrai』と題した書道展が開催されていた。様々なユニークな書体の作品が披露されていた。文言は、感性論哲学を唱える芳村思風氏の言葉である。中にこんなメッセージの書があった。

『肉体と精神を 
一つの有機体として 
結合しているものは 
感性である』

実は数年前にも、パリの日本商工会議所主導で『感性展』が開催されたことがある。感性は国や時代を超えて結びつくものだ。それに、人を人らしくするのも感性。時に分断してしまう知性を統合するのも、感性だ。もっと一人一人の感性を信じていい。そんなことをあらためて感じた。

マドレーヌ寺院はショパンの葬儀が行われた場所(写真右)。ちょうど10月17日ショパン命日には、ワルシャワの聖十字架教会でモーツァルトのレクイエムに聴いたばかりだった。それに思いを馳せながら、寺院に響き渡る讃美歌を聴いた。
塚口裕子さんの本業はパティシエだが、その傍ら書道をたしなみ、また石巻市に船を贈るボランティア活動をしているそうだ(思風丸寄金の会)。この隣の部屋では、石巻市を中心に東日本大震災被災写真展も同時開催された。