ピティナ調査・研究

ショパン国際コンクール(35)自分で答えを探すためにー演奏の創造へ.4

3.Search!感性を裏づける探究心

●曲が弾けることと、解釈することは別ークラウス・ヘルヴィッヒ先生

"ただ"ピアノを弾けること"には興味がありません。それ自体は何も意味しないからです。"ピアノを弾くこと"と"曲を解釈すること"は別です。解釈は人によって意見が違うでしょう。だから審査員が何人もいるのです。私が重視するのは、音楽がそこにあるかどうか。音楽を十分に理解して、その音楽を的確に表現しているか、自分の意見があるかどうか。音楽がまずあり、それに関して自らの意見を持っているかが大事です。"(2015年チャイコフスキー国際コンクール審査員)

●音楽史を踏まえて曲解釈―フランソワ・デュモンさん(フランス)

"舟歌はショパンの中でも鍵となる作品で、後期作品の始まりでもあります。ショパンの後期には表現主義の兆しが見え、リヒャルト・シュトラウスに近いと思います。和声的には半音階主義がかなり進んでいて、ワーグナーでさえこの舟歌や幻想曲に影響を受けたのではないかと考えています。観念的、かつ前進的ですね。"(2010年ショパン国際コンクール5位)

●音楽史を踏まえてプログラム構成ージェイソン・ギルハムさん(濠)

"ベートーヴェンとリストはピアノという鍵盤楽器の可能性を極限まで押し広げた人であり、チェルニーを挟んで同じ系譜に属しているので、この2人の作品を取り上げました。ベートーヴェンはワルトシュタイン・ソナタを書く直前に新しいピアノを入手していて、新しい音の響き、音域や音量の拡大など、様々な可能性を試みています。ちょうど同じ時期にピアノ協奏曲第4番(ファイナルで選曲)も作曲しています。また予選I(バッハ―リゲティ―ショパン)は、リゲティはバッハのように対位法的で多くの声部があり、またショパンのピアノ書法にも影響を受けているので、この3人の作曲家を並べました。"(2013年ヴァン・クライバーン国際コンクール・セミファイナリスト)

●原曲・歌詞から学ぶー後藤正孝さん

"(リスト「巡礼の年・第2年イタリア」)『婚礼』はラファエロの絵で、『ペトラルカのソネット』や『サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ』は原曲が歌なので、まずは歌詞の意味を知るところから始めました。ペトラルカのソネットは原曲も聴きました。『ダンテを読んで』は神曲を読んで何となくイメージを掴み、どう音色を付けるかについては、オーケストレーションを考えることで、具体的な音色のイメージを思い描くようにしました。"(2011年リスト国際コンクール優勝)

●楽譜、書物、あらゆるものから学ぶーユリアンナ・アブデーエワさん(ロシア)

"とにかくショパンの音楽をこれまでにないほど深く勉強しました。ショパンに関する本や手紙など、あらゆる書物にも目を通しました。彼の音楽は彼自身であり、彼が何を考え、どんな友人がいたか・・などを知ることでインスピレーションを得ることができました。"(2010年ショパン国際コンクール優勝)

●オーケストラから学ぶーニキタ・ムンドヤンツさん(ロシア)

"オーケストラから多くを学んでいます。単に似せるのではなく、ピアノはそれ自体が豊かな音を持っていますので、単なるコピーではなく、翻訳ですね。ミックスすることで、何か新しい音を見出したいのです。ドビュッシー『前奏曲』のオーケストレーションもいくつか知っていますが、この曲に関してはピアノのオリジナル版の方がより音色が豊かですね。時々魔法のような音がありますが、オケ版にそのピアノのニュアンスを盗み取ったような音があります。"(2013年ヴァン・クライバーン国際コンクール・ファイナリスト)

●指揮者のように考えるーアンヌ・ケフェレック先生

"バランスというのは、決してピアノで左右の音量のバランスを整えるだけではなく、室内楽や交響曲でどの楽器がどのくらいの配分で音を出すか、というイメージなんですよ。"(2010年エリザベート王妃国際コンクール審査員)

●音楽の意味とコミュニケートしてーミリアム・フリード先生

"音楽とはコミュニケーションです。『音楽の意味』とコミュニケートすることが大事です。音楽の中にあるスタイルを、身体を通して表現して下さい。楽譜に書かれてある点と線、それをあなたが解釈して表現するのです。そのことをもっと意識して下さい。"(2012年ラヴィニア音楽祭出演・講師)

●主体的な楽譜の選択、深い音楽理解をージョン・リンク先生

"一つ目は、どの版を使うのかという楽譜の選択です。ショパンコンクールではエキエル版を推奨しており、同版ならではの研究内容もありますが、選択肢は多様です。そして全員ではありませんが、何人かのコンテスタントは楽譜を深く読み込んでいたと思います。二つ目は、深くかつ洗練された音楽への理解です。大勢の参加者の中で印象づけなくてはと思う人もいるかもしれませんが、審査員を最も喜ばせるのは音楽への深い理解なのです。"(2015年ショパン国際コンクール審査員)

●コンクール全歴史・録音音源をオンライン化ーシュクレネル氏

"学びに必要なあらゆる資料や素材にアクセスできることはとても大事で、それが作品や時代背景、作曲家の人物像などを伝えてくれます。こうした情報によって音の枠組みができ、その中で、演奏家一人一人が解釈を深めることができます。またその隙間を埋めるためのガイドラインも必要です。自筆譜は作曲家について様々な情報を与えてくれますし、当時の楽器に触れれば現代楽器とどう違うのか知ることができます。こうした情報が、説得力ある解釈を生み出すのに役立つでしょう。"(2015年ショパン国際コンクール主宰)

●日本でも進むショパン研究、指導者への発信もー多田純一氏

日本人のショパン研究者がいることを国内外に発信していくことでも合意しました。2013年に日本音楽学会東日本支部第19回定例研究会で発表させて頂きました。通常は音楽学者ばかりが出席する例会ながら、ピアノ指導者が50人ほどご来場下さり、多くの方がショパン研究に興味を持っておられることを実感しました。(2015年ショパン国際コンクール視察)

4. Select!自分で選び、「自分の視点」を決める

●アナリーゼは「自分の視点」を見出すためにークロード・ルドー先生

"アナリーゼにおいて一番大事なのは、「私はあなたに真実を教えているのではなく、あなたが『楽譜に何が起きているのか』を気づかせるための要素を教えている。それをあなたの感情と関連づけ、あなたの深いところと結びつけてほしい。それを使って、あなた独自の演奏をしてほしい」ということなんです"

理論も大事ですが、常にいかなる状況にも当てはまるとは限りません。アナリーゼとはそもそも「音楽に対して、あなた自身の視点を見つけること」だと思います。そして、あなた自身の感覚や意義を見出すこと。"(作曲家/パリ国立高等音楽院アナリーゼ科教授、音楽知識と感覚を結びつけるアナリーゼとは(1)(2)

●プログラムに独自の工夫ー阪田知樹さん

"武満はお気に入りの1曲で、邦人課題(今年度は自由課題)はこの曲でと決めていました。また曲間をあまり置かずに入ることも、最初から考えていました。武満は神秘的かつ幽玄な世界観で、続くスカルボは怪しげな感じと悪魔的な恐ろしさに通じるものがあります。これは個人的な考えですが、武満本人もドビュッシーやメシアンに影響を受けたと言っていますように、彼の作品にはフランス音楽との近さを感じます。それを聴いている方々にも共有して頂きかったのです。"(2011年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ当時)

●選択の自由を与えることーニコライ・デミジェンコ先生

"私はロシアで教育を受けました。もちろん先生のレッスンも大事でしたが、同時に、音楽や芸術、人生に対して自立した思考を持つことを教えられました。それはとてもシンプルです。常に子供に対して、「選択の自由」を与えることです。「これをやりなさい」という代わりに、良い指導者は「あなたはこうできますよ。あるいは、こうもできますよ。その結果は、こうなります。どちらを選ぶかは、あなたの自由ですよ」と言うのです。すると子供はその選択行為を通して、心理的に自由を感じることができます。そして数年もすれば、選択する能力が磨かれるでしょう。"(2011年リスト国際コンクール審査員)

●最終的に決めるのは自分―小林愛実さん

"アメリカの先生は「自分で考えなさい」という感じで、仕上がるまで教えこまずに、もう少しこうしたらいいのでは?とアドバイスを下さいます。先生方には色々教えて頂いていますが、やはり最終的に選んで決めるのは自分。ショパンコンクールにもその思いで臨んでいます。"(2015年ショパン国際コンクール・ファイナリスト)

●些細なことが、音楽家の全てを物語る―指揮者シャン・ジャン氏

"ピアニストはこのコンクールに出場する権利を得た時点で、テクニック的な実力を十分に兼ね備えています。ですからその上で、音楽に説得力がある演奏者を見出したいと思っています。それはテンポの設定や、フレージングの創り方など、ほんのわずかなこと、些細なことだったりします。でもその細かい部分が、その音楽家の全てを物語ることがあるのですね。"(2013年ヴァン・クライバーン国際コンクール審査員)

●正しい理由で聴衆の感情を変える力にーロバート・レヴィン先生

"演奏の場合には、そこにコミットメント、ドラマ、色彩感、畏怖、官能・・等があるはずです。それだけでなく、モラル、つまり誠実さも大事です。演奏に聴衆の感情を変える力があるとすれば、それは正しい理由で行われなければなりません。聴衆が何より大事であり、彼らに理解してもらえるようにするべき。そして聴衆はそのメッセージが目の前に差し出された大きな鏡であることに気づき、例えばベートーヴェンの熱情ソナタの中に彼ら自身を見出すわけです。私自身の人生にも、熱情ソナタのように、恐れ、官能、忘我の境地・・等があってほしいですね。"(2012年リーズ国際コンクール審査員)

●自分のゴールを見出し、探究を続けることーリュウ・シクン氏

"ラフマニノフ、ホロヴィッツ、ホフマン、ミケランジェリ、コルトー、リヒテル、ギレリス、ポリーニ、アルゲリッチ、そしてクライバーン・・彼ら20世紀に活躍した巨匠と今では、演奏法も大きく変わっています。今の若いピアニストの演奏は、感情はあるけれど、テンペラメントが少ないと感じています。平板で、ぐっと心をつかまれない。中庸で誰もがよく似ている。(中略)お互いを真似るのではなく、自分のアイディアを出すこと、自分のゴールを見出すこと、そして精神の探究を続けることです。それは前世紀の巨匠たちが行っていたことだと思います。"(2013年ヴァン・クライバーン国際コンクール審査員)

●魂、思想、哲学、文化、そしてパーソナリティー オーギュスタン・デュメイ氏

"他の国際コンクールでも同じような印象なのですが、才能ある若い演奏家は世界中に沢山いて、技術的なレベルは大変高いです。しかし音楽解釈の点においては、テクニックほどの印象はありません。本当に優れている人は1人か2人くらいでしょうか。これは今に始まったことではありません。テクニックはもちろん大事ですが、最も大切なのは、魂であり、思想であり、哲学であり、パーソナリティであり、文化です。"(2012年エリザベート王妃国際コンクール・ヴァイオリン部門審査員)

●音楽には人間社会が反映されているー諏訪内晶子氏

"エリザベート王妃国際コンクールを受けた時、ソ連(現ロシア)の参加者がペレストロイカの話をしていました。ロストロポーヴィチ等もショスタコーヴィチやプロコフィエフの話をすると、必ずそこに政治の話が関わってきます。音楽も美術も政治も、人間社会が必ず反映されています。ですから政治思想史ではまず歴史を学び、その中で政治家たちがどういう哲学をもって国家を治めてきたのかという勉強をします。たとえばバッハの時代背景を全く違った視点から見ることで、より深い理解に繋がっていくと思います。"(2012年エリザベート王妃国際コンクール・ヴァイオリン部門審査員)

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